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上海商城 稲垣明美さん

中国に魅せられて、中国で暮らして12年。いまは上海の多国籍企業でマネージャーをつとめています。

いま私は、中国の上海で仕事をしています。上海の街の中心部に、「上海商城」というオフィスやアパート、ショップ、レストラン、劇場などが複合した施設があるのですが、そこが私のオフィス。この「上海商城」を管理する会社につとめています。欧米系の企業で、オフィスにはいろんな国籍の社員がいるのですが、日本人は私だけ。そんなインターナショナルな環境で日々暮らしています。

もう中国に来て12年ほどになります。実は、文理学部に入学した頃は、それほど中国に対して強い思い入れは持っていなかったんです。海外に漠然と興味は持っていたのですが、中国文学科を選んだのも、英語が苦手で「中国語なら漢字だし、なじみやすいかな」といういい加減な動機でした(笑)。

転機になったのは、大学3年の時の北京への短期留学でした。1ヶ月間という短い期間でしたが、本当にカルチャーショックでしたね。想像していたよりもエネルギッシュで、ここで仕事ができれば、いろんな刺激を受けて自分が大きく成長できそうだ、と思ったのです。それをきっかけに、将来の夢がはっきり見えるようになって、真剣に中国語を勉強するようになりました。

大学卒業後、最初に就職したのは貿易会社。中国語が話せたので北京に駐在し、商品の輸入を手がけていました。しばらくして、日本のビールメーカーが、現地企業と合弁で北京にホテルを経営しておりそのホテルの営業の責任者が日大OBの方で、声をかけてもらったのです。実はそのメーカーは、学生の時、私が就職したいと憧れていた企業。それで運よく採用になって……3年ほどそのホテルに勤めました。

そして今度は、そのビールメーカーが上海で新しい会社を立ち上げるという話が私のもとへ。当時私は『上海でも働いてみたい』とひそかに思っていました。新しい会社を立ち上げるのは面白そう。これはチャンスだと参加したのです。が、そのプロジェクトはうまくいかず、結局撤退して……精神的にも落ち込みましたね。でも、このまま日本に帰ってしまうのは悔しい。その頃はもうすっかり中国の魅力に取りつかれていましたので、何とか中国で働き続けたいと一生懸命自分で仕事を探し、いまの職場を見つけたのです。

いまの会社は「実力主義」。国籍も性別も関係ない。がんばれば評価してくれますし、私も現在、マネージャーのポジションを任されています。仕事も、自分で「こんなサービスをしたい」と思えば、やらせてもらえる。いまの職場にはとても満足しています。これからは「中国」という枠を超えて、どんな国の人とも自由にコミュニケーションできる、本当の「コスモポリタン」をめざしていきたいと思っています。

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稲垣明美さん
1992年  文理学部中国文学科(現:中国語中国文化学科)を卒業。
2年間、中国文学科の副手をつとめた後、
貿易会社に就職して北京に駐在。
その後、日本のビールメーカーが北京で経営するホテルのスタッフや、上海での新規会社立ち上げプロジェクトを経験した後、2000年から現在の仕事に。
上海在住。