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昨夜おそく、旅行から帰宅。今回は、熊本県水俣市を訪ねて、水俣病関係のフィールドワークをしてきました。ちょうど石牟礼道子さんの『苦海浄土』についてイベントを考えているメンバーがいて、そこに同行させてもらったのです。宿泊は水俣病センターである「相思社」。一泊、1250円というだけあって、民家を少し改造した宿舎です。トイレは、もちろん昔なつかしい落とし便所だし、大きな台所での自炊生活。合宿所の雰囲気ですね。 初日はまずチッソ水俣工場の見学。JRの駅を降りたら真正面に工場正門があり、まさにチッソ城下町といわれる由縁をかいま見ました。すでに一部は操業をしていないということでしたが、従業員2000人をかかえ、日本をふくめ世界に工場や支社をもつチッソは、政府からの金融支援を受けるほどの大企業でした。ここでひととおりの会社説明や広報ビデオを見て、工場内のバスツアー。チッソが水俣病の体験をどのように語ろうとしているのかを確認しました。 その後、「相思社」を支える人たちや、老齢化した患者さんたちふくめて、デイケアなどの介護サービスを組織している「ゆかりの家」の林さんや近沢さん、水俣病運動を反公害闘争としてアジアにつなげようとしている「ほたるの家」の谷さん、伊藤さん、砂田さん、そして紙漉き職人でもある「本願の会」の金刺さんといった人たちに次々にお目にかかり、話をうかがいました。患者さんの坂本しのぶさんをはじめ、「明水園」に入院されているたくさんの患者さんにも会うことができました。かつてのように共通の敵がはっきりしていたときは連帯しやすかったわけですが、重度の患者さんたちの認定が一区切りついてきて、運動は以前のような形を維持することは困難になってきています。その一方で、未認定の患者さんの問題はまだまだ残っているし、水俣市以外の地域できちんとした健康検査がなされてもいません。したがって、問題の中心は片づいたけれども、周辺のグレイゾーンは手付かずのまま。むしろ寝た子を起すなとばかりに、放置されているのが現状です。かつまた水俣という町自体をどういう方向に持っていくのか、環境重視の都市として生まれ変わっていくにはどうしたらいいのか、課題は山積したままの状態です。 したがって、患者さんたちも、また外部からやってきた支援者の人たちもさまざまな立場にたって、考え方が異なってきています。30年以上の運動がいやおうなく時間の変化の前に立たされている。支援者もまた、闘争の主体である患者さんのサポーターであるばかりでなく、自分たち自身の人生を生きるようになり、みずから水俣に生きる住民としてさまざまな場所を作りだしていきました。たぶん、このときがいちばん大変で、それぞれの傷をかかえながら、必ずしも簡単に助け合えないなかで、自分の人生を切り開いていくことになる。そういうすがたに少しでもふれさせてもらいたいというのが、今回の意図でした。 短期間の旅行者になにも分かるわけもありませんが、この小さな町で起きた出来事は当事者にも、また非当事者にもさまざまな痕跡を残しました。その錯綜した跡を検証していく必要があると思います。あくまでデータ中心で、運動の観点を欠落させ、加害と被害の関係すらデータの海に朦朧化してしまった市立の「水俣病資料館」、逆にもっとも関係資料を豊富に所蔵しながら、水俣に潜在していた差別や住民間の差異、チッソの植民地主義的なふるまいなどを浮き彫りにした相思社主催の「水俣病歴史考証館」など、展示のしかたを通して、水俣の記憶の語られ方が対照的に並立しているのも、この町の特徴です。そうした多様で、多層的で、かつそれらがするどく斬り結んで、抗争と協力とをくりかえしているのが水俣です。不謹慎ながら、ある意味で今こそもっとも面白い町だと言えるかもしれません。 とにかく、対岸の天草諸島、起伏の多いリアス式海岸をそなえた海の景色はあくまで美しく、背後にせまる山並み、清らかな水俣川と、視覚的に目をたのしませるものに事欠きません。湯ノ児温泉、湯の鶴温泉にも入湯しました。「福田農場」で食べたパエリア、居酒屋「久ちゃん」での太刀魚の塩焼きなどなど、おいしいものもたっぷり。できれば、もう数日は滞在したい。そんな旅行となりました。お世話になった「相思社」の方々はじめ、水俣のみなさんにお礼申し上げます。 |
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スクーリング最終日。水道橋近辺で3日連続で昼食をとることになり、あちこち徘徊したが、神保町にある「ラーメン ひろ」が気に入りました。このラーメン、スープはあっさり塩味で、細麺、チャーシューがやわらかく、食べたときの後味がいい。凉麺も、冷やし中華風ではなく、つけ麺で、かつおの和風だしのつけ汁で食べる。これがなかなか美味。猛暑のなかではさわやかな逸品でした。 午後、経済学部の山岸さんが慰労にあらわれる。水菓子をいただき、ほっと一息。これでスクーリングもなんとか終了。そのあと渋谷にまわり、介山文庫調査チームと合流。経過報告かたがた、「うな鉄」渋谷店で一杯。 明日から3日間、熊本に調査旅行に出ます。今回はノートPCを持っていかないので、メールのやりとりが出来ません。悪しからず。 |
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通信教育部スクーリング2日目。一晩だけの急ぎばたらきとはいえ、なかなかいい発表もあって感心する。さすが社会人です。 |
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今日から通信教育部のスクーリングが始まる。朝9時から5時過ぎまで。5時限連続の授業を3日間でやるのである。さすがに土曜、日曜出勤の身にはつらいものがある。今回は演習で、参加予定者は20人。内田百間の「冥途」を手始めに「花火」「件」「豹」「山高帽子」を扱う予定。それにしてもこの日、集まった受講生に明日からさっそく発表をやれというのは酷な作業である。事前の指示に加えて、午後3時以降を準備時間にあて、アドバイスなどを与える。 |
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オープンキャンパス2日目。今日は前日と色違いのポロシャツ。模擬授業では小平さんが初参加。「文学がつくる〈男〉と〈女〉」を楽しげに語っていました。聞いていた高校生いわく、「最後の話がおもしろかった」。模擬授業は他の教員、スタッフも聞いているので、たぶん、これは相当な授業方法の改善にもつながるでしょうね。オープンキャンパスとFDを兼ねるというのが、この国文学科の技でもあります。 結局、2日間でオープンキャンパスにやって来た外来者の数は、約4300人。2日にしたらまずまず成功の数字だろう。父兄が2割近くいるので、高校生は3800人前後。この80%がアンケートを提出しているので、そこからさらにデータを分析することになる。国文学科の展示室を訪ねて、署名した人はその1割。400人以上がのぞいてくれた。模擬授業参加者も、2日合わせれば、100人を上まわった。ぜひとも、意欲ある学生に進学してもらいたいものです。 |
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オープンキャンパス初日。台風が来なかったのが幸い。これで文理もOCは3度目だが、なんとか天候には恵まれている。教員はほぼ全員参加。助手・副手、学生スタッフと学科おそろいのポロシャツを用意し、首から金子明雄デザイン事務所御手製のIDカードをつるす。模擬授業は1人15分で、3人が行なった。初日はぼくの担当で、「ラーメンと文学の秘かな関係」について講義する。驚くべきは、明日の3人ふくめ、模擬授業は全員PowerPointによるプレゼン型授業になったことで、背後で助手の涙ぐましい努力があったとはいえ、すごい変化だ。ほとんどコンピュータを使えなかった先生までPowerPointを使うことになり、なぜかその先生、子どものように喜んでいました。国文の学科展示コーナーが今年から2教室にふえ、ますます勢いがついている。人気があったのは、田中さん、梶川さんのコーナー、それぞれ参加、体験型なんですね。それとやはり金子事務所作成の「百人一首クイズ」。親子で夢中になってとりくんでいる人もいました。ほほえましい光景です。 |
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日本近代文学館の中里介山文庫、第三次調査を始める。院生たちと文学館に行き、打ちあわせ。午後、大学にもどり、明日のオープンキャンパスの準備で、7時過ぎまで研究室に残る。 |
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11時から担当会。そのあと1時からドクターのゼミ。金子さんにも飛び入り参加してもらい、高栄蘭さんが発表する。夕方から「海晴亭」で乾杯。 |
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10時から市ケ谷の本部で「学力低下と教育の質的向上」をめぐるシンポジウム。元東工大学長をゲストに、各学部の取り組みが報告される。5学部ほどの報告を聞いたかぎりでは、北野さんが報告した文理のとりくみがもっともシステマティックで、実効性があるようにみえた。いまどき教員エンターテーナー説などをとなえているバカ教授もいたりして、鼻白む思い。 3時にいったん抜け出して、朝日カルチャーセンターへ。今日は、武田泰淳の上海ものについて話す。セクシュアリティに興味のある年配の受講生がいて、あとの質疑も面白い。 |
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11時から所沢の総合学術情報センターで貴重書・古典籍調査プロジェクトの会議と調査。4時まで長丁場の会議となる。 |
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研究室会議と大学院分科委員会。そのあと中文の山口守さんのところで、超高級ワイン「Opus One」の試飲会。史学の加藤さんたちとサンタバーバラに行ったときに購入したらしいのですが、日本だと4万円以上するそうな。一杯数千円だと思ってなめてみる。重厚で、やはり香りがちがう。みな満足。そのあとなぜか空腹になって、下高井戸で木八ラーメンへ。超高級ワインのあとにラーメンに行ってしまうというのがわれわれの現実かも。 |
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亜細亜大での授業の補講。これで前期終了。後期は小森陽一さんにバトンタッチ。関さんの代講、うまく出来たかどうかわかりませんが、小津の映画について話した後半の数週間は自分では満足しています。 夜、吉祥寺で某出版社の編集者の方たちと打合せ。すっかり若返った編集部で新しい方針が出てくる可能性あり。吉祥寺まで来たのだからと焼き鳥の「いせや」で一杯。二階の汚い座敷にあがると、実篤の大きな書がかかっていましたが、すっかり焼き鳥の煙と雨漏りでくすぶっていました。 |
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大学院の授業。ほんとは試験期間だけど、院だけは7月中も授業やってます。 ようやく某重大プロジェクトの書類を完成し、事務課に渡す。この3週間のうっ屈から解放されて、ついレディース軍団を誘って桜上水へくりだしてしまう。 |
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昨日、誕生日について書いたら、OGの「三文文士」さんからさっそく抗議のメールが。彼女も同じ誕生日だとか。その一日前のぼくの誕生日は、「木梨憲武と篠田正浩とバービー人形とアメリゴ・ヴェスプッチ」と同じだそうです。うーん、しかし、15世紀にアメリカの名付け親になったイタリア・フィレンツェの冒険家・商人の誕生日って、ほんとなんでしょうか。 |
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この日、午前中に編集委員会用の書類1つと、高校教科書の教材案20篇ほどの判定、それに「週刊読書人」のアンケートに答えたものを作成してメールやFAXで送信する。 午後は近代文学会の編集委員会で亜細亜大へ。5時間の長丁場の会議を終えて、武蔵境で食事。そのあと焼鳥屋さんへ。ここで同じく編集委員の川津さんとぼくとが同年生まれであること、小平さんとは誕生日が一日違いであることを知る。小平さんはSAYAKAのお母さんや天然ぷっつん女優と同じ誕生日だという。ふーむ、性格がわかりそうだ。和田さんはまたまた携帯の壁紙にはったペットのリスの写真を見せていました。サンダル履きに麻のシャツで出かけたら、プール帰りみたいだと言われてしまった。 |
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非常勤デー。移動の時間に研究室にも寄る。書類を1つ忘れてきたため。下高井戸駅でばったり大塚さんに出会い、あきれられる。青短の授業はこの日で終わり。 |
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会議デー。教授会で某大型プロジェクトについて報告する。書類作成で7時半近くまで残業。同じく残業中の金子さん、大塚さんと語らい、松原の「爺」に寄る。生のサバの刺し身がおいしい。この日、黒田委員長不在のため、オープンキャンパス実行委員会をとりしきった副委員長の金子さん、焼酎数杯を飲んだあとは、カウンターに腰掛けながら何度か睡魔に襲われてました。いや、お互いほんとくたくたですね。 |
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補講2つをすませて、助手の大塚さんと新宿へ。ユニクロに寄って今度のオープンキャンパスのときにスタッフが着るシャツを選定。去年は真っ赤なTシャツに似顔絵をアイロンプリントしたが、労働過重のため今回はプリントなしになった。ただ、意外にも高齢の先生方にも赤Tシャツが好評で、ああいうふうにユニフォームつくってもらった方が張り合いが出る、お祭気分で乗りきれた、他学科にインパクトを与えて気分がよかったなどのご意見あり。うーん、こうなるとやめられなくなってしまった。台風のなか、西武新宿のPePeに駆け足。さっとチェックしたあとは、朝日カルチャーセンターへ。「文学からみた戦後日本」の一回目。田村泰次郎の「肉体の門」をテキストにして話す。セクシュアリティという概念がよくわからないという質問がある一方、文学にあらわれた日米間の性的イメージの落差についてのディープな質問も出た。帰りは予想外に大雨にならず、ほっとする。 |
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ドクターの院生たちが2時限の授業を終えたあと、ドクターだけのゼミをやりたいという。勉強熱心なのにあきれるが、マスターふくめてだと人数がおおいくて発言の機会が少ないし、自分の研究テーマを発表する場所が欲しいらしい。いつも3限は研究室を開放して、雑談していたので、その時間を自主ゼミにふりかえることにする。みな昼休みから弁当持参で集まって、昼食とりながら発表を聞く。 4限は学部4年の卒論指導。5限が会議で、7時近くに研究室に戻ると、金子さん、大塚さんたちが残業中。一緒に「おふろ」で食事してから帰る。 |
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夜、「たつみ」で3〜4年のゼミの打上げコンパ。さすが三日連続の宴会はだんだん労働のようになってくる。それでもまだ学生たちに負けたくないという気分になるのが不思議。 |
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七夕の日に、明治記念館にスーツでおもむく。助手のTくんと以前、副手をしていたSさんとの結婚式。来賓はほとんど昨日の国文学会で会った方ばかり。そんななかで酒井さんの友人たちに、なつかしい顔がちらほら。結婚式はトラッドなスタイルのなかにも泣かせあり、笑いありで、ご当人たちには神聖な儀式なのだから、たいへん失礼なのだけれど、いってみれば東芝日曜劇場のおもしろいドラマを見るよう。新郎は堂々たる体躯で、最後のあいさつもぐっと来たし、美人花嫁の新婦のご両親宛の手紙が参加者の涙腺をしぼりあげていました。おかげで2時間半、すっかり楽しませてもらいました。お隣の席に座っていたSセンセイは、何度か目がねを外して、涙をぬぐってしましたゾ。 |
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日大国文学会。津島佑子さんは、開会3分前に登場。道に迷うタイプと聞いていたので、はらはらしましたが、滑込みセーフ。 講演内容は、「日本」について政府が公式の呼び方として決めた「にっぽん」と、われわれの馴染んだ呼び方としての「にほん」という呼称の違いについての話から、日本語の曖昧さについてふれ、その曖昧さを生かすことの重要性について語られました。そして作家としてつねに意識する「近代日本」についてそれを制約しているさまざまな力、例として同性愛をめぐる規制に言及し、欧米のキリスト教文化圏における規範とそれに対抗する歴史がこの欧米近代の成果であるのに対して、非キリスト教圏にあり、近代以前に規制はゆるやかだったにもかかわらず、規制を強化してきてしまった近代日本の歪みを指摘していました。深沢七郎や大江健三郎にも言及し、作家が否応なく直面するこの言説空間のなかの政治的規制にもふれ、文学者であることの覚悟を語られていたのが印象的でした。この日は、津島さんの講演のため、学生や学外者も多く、企画した側としては大成功でした。講演終了後、研究室で小一時間ほど、津島さんとおしゃべりしましたが、この日の夜は、古井由吉さんと朗読会だとか。古井さんが「夢十夜」を読むというので、津島さんはご自分の「夢の記録」に挑戦するという。いったん自分の作り上げたスタイルをとことん壊してまた新たに挑んでいくその姿勢は、エネルギッシュで、繊細な野蛮さが感じられました。 研究発表に遅れてかけつけると、M1の森くんが杉山平助と1930年代のジャーナリズムについて報告中。つづいて小平さんが平塚らいてうの「峠」をめぐって、これまでのフェミニズム文学研究に挑戦状をたたきつけるような過激な発表で華々しくデビューを飾っていました。懇親会、二次会とあって、帰りは終電。 |
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非常勤の日。朝日カルチャーセンターより連絡あり。10日から新しい公開講座を始めるので、その打合せ。テーマは「文学からみた戦後日本」で、7/10、7/24、8/28、9/11、9/25と5回になります(15:30〜17:00)。田村泰次郎や小島信夫、武田泰淳、大岡昇平、金達寿、金石範、村上龍、リービ英雄さんらの小説を題材にしていく予定です。受講料はちょっと高くて、5回分が15500円(会員13000円)です。 |
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補講の予定表が発表されました。「歴史と社会1」は10日(水)の2限に、「映画論1」は同じ日の3限となりました。とりわけ「歴史と社会1」の時間割は最初に発表されたものから変更がありましたので、注意してください(4限ではありません、2限です)。会場は431教室。 研究室会議、教授会、大学院分科委員会、組合総会がある。教授会で、図書館の近藤課長らの退職について発言。39年間、図書館ひとすじであった近藤さんらの苦労をねぎらうとともに、大学内での図書館の位置づけがまだ低いこと、事務体制の強化を訴える。夜は金子さん、大塚さんと「快晴亭」へ。 |
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午前中、あるプロジェクトの計画書を書き始める。午後は、本部でその説明会がある。いろいろな学部の代表者が集まっていた。外部資金の導入はいまや各大学にとっても大きなテーマであるのだが、人文科学の領域ではなかなかそういう経験も訓練も受けていないので、たいへん。当初、7月に予定していたさまざまな計画が遠のいていく。ムムム…。 |
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今週の土曜日、6日はいよいよ国文学会総会。講演が津島佑子さん。タイトルは「希望としての文学」。研究発表は、近代関係では小平麻衣子さんが平塚らいてうの「峠」について、院生も森洋介君が杉山平助と1930年代のジャーナリズムについて報告する予定です。時間は13時30分から、会場は文理学部の4号館1階、411教室です。聴講自由ですので、ふるってご参加ください。 この日は、学部図書館の近藤課長、御菩薩木さんの送別会に参加。 |
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非常勤で来ていただいている安藤恭子さんを囲んで、金子さん、大塚さんと夕食。ワインを飲みすぎて意識もうろう。安藤さんの元気な声が頭の中に反響していた。 |
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市ケ谷の本部で「日大所蔵貴重書・古典籍調査プロジェクト」の会議。終了後、ある大きなプロジェクトの計画書を作成するよう指示を受ける。うーん、そんな……。胃に穴があくような衝撃と、あまりのドロナワぶりに呆然とする。 |
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近代文学会の例会。その前と後に編集委員会。例会は自由発表。3人とも女性だったのは初めてじゃないかな。終わった後、池袋で数人で飲む。たしかに池袋にいるときの立教勢は体温が1〜2度高い気がする。韓国がベスト4に残ったと聞き、また一盛り上がり。 この日は、クリス君のASCJでの発表も重なった。夕方、そちらの応援部隊のN嬢に携帯連絡し、ぶじ完了したことを確認。 |
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会議デー。教授会で一悶着あり、6時近くまでかかる。このあと大学院教授会、新図書館建設委員会があるのだが、遅くなったので、大学院教授会には委任状を出し、新図書館建設委員会を開催。これを1時間ほどで切り上げ、今度はロゴマーク審査委員会。学部のロゴマークを公募するという行事があったため。全然ふさわしくない役目だから消極的だったのだが、遅れていったときにはすでに審査委員会が終わっていた。なにしろ賞金のかかった公募なので、国文の院生も挑戦したようだし、この日、研究室で今日〆切りと聞いたN嬢、M嬢などは、その場でやっつけのロゴ作成を行なった模様。入選したら、何割か寄越せと言っていたのだが、60本近い応募作のなかから審査委員が選んだ5本のなかには入っていなかったようだ。名前を隠したまま審査しているのではっきり分からないが、第1次選考に残ったのはどれも即席の作には見えませんでした。さて、最後はどれになるのかな。 |
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テレビやビデオデッキを置くラックが届く。さっそく組み立て、設置してみる。なかなか悪くない。部屋の一部模様替えをして、テレビをつけてみる。この日は、日本-トルコ戦。資料の閲覧に来ている院生はじめ、試合に夢中になっている。授業から帰ったら、金子先生までやって来て、30分ぐらい観戦していたそうな。なに、画面が小さいと言ってたって? しょうがないな、ひとの研究室でテレビ見ながら文句言うなんて。 夕方から西新宿の台湾料理の店に行こうということになる。金子、小平、大塚、中谷、東條、今野と、すぐにメンバーがそろってしまうところが文理近代のフットワークの軽さか。昼のサッカーでは日本が負けて、しかももり上がりに欠いたゲームだったみたいだけど、夜の韓国戦はすごかった。ここまで明暗わけるとは。 |
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文理の「映画論」の授業と非常勤先の「ジェンダー論」の授業で、小津安二郎の映画「晩春」を見せる。冒頭のお茶会のシーンから始まって、北鎌倉の家で笠智衆と宇佐美淳が並んで仕事をしていて、そこに原節子が帰ってくる。原稿の話とマージャンの話でやりとりがあって、その翌朝、原節子と笠智衆がそろって東京に出かけるシーンを見せる。とりわけ東海道線で東京に出かける電車の場面は2分40秒にわたって続くのだが、物語展開においてはまったく機能していないこのシーンの異様な長さに驚愕させられる。父と娘が交わす会話もほんのわずかである。しかし、それなのに画面の密度は高いし、盛り込まれている情報も少なくない。つり革に二人つかまっての一言二言。そして今度は座ることのできた父から、立っている娘への気遣いの一言。そして並んで座った二人がそれぞれに読書しているすがた。こうしたものから読み取るものについて話す。「東京画」でもヴェンダースがさかんに電車を撮ったわけですね。 |
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W杯の日本-チュニジア戦が非常勤先の授業とぶつかってしまった。ふだん60〜70人の教室に10人前後しかいない。なにしろ教室のすぐ側にテレビのある食堂があって、そこに学生が群がり、早くも臨戦体制。しょうがないので、試合開始5分前で切り上げることにする。壁を越えて、太鼓鳴らしたり、声をそろえての応援でうるさくてしかたがない。あの異様な熱狂は、サッカーの試合の面白さとは別もので、気味が悪い。ただ、テレビがどこもW杯一色なのは勘弁してほしい。こういうときに「KT」を作った阪本順治はやはり賢明です。 夕方に文理に戻る。人文研の共同研究の会合。今回は、台湾の作家・評論家で来日中の葉石涛さん、錘鉄民さん、彭瑞金さんを招いての座談会。山口守さんが中心になり、30人近い参加者があった。垂水千恵さんや田村志津枝さん、丸川哲史さんのすがたも。葉さんは現役最高齢の作家であるので、その文学的出発をめぐる質疑などがなされた。日本統治時代に、経済的に裕福だった葉さんらは岩波文庫を通して世界文学にふれることができたそうだ。逆に独立後、国民党時代になって世界文学の情報が途絶して、アングラに頼らざるをえなくなる。植民地解放が東西冷戦によって必ずしも民主化に結びつかなかった地域ではしばしばそうしたことが起きている。植民地統治をめぐる日本と台湾の関係は一筋縄ではいかないぐらい複雑で多様なものがあるという葉さんの発言が重く聞こえた。話題は、国書刊行会から出ている「新しい台湾文学」シリーズの一冊「客家の女たち」をめぐって、客家語や客家のアイデンティティに及んだ。エスニシティにおいて複雑な台湾では、マイノリティのアイデンティティ・ポリティクスが重要なことは言うまでもない。そうした政治的な要請の一方で、小説の中ではまさにアイデンティティの揺らぎが創作の種になっているのが印象的だった。 |
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ようやく発注していたテレビモニターとVHSデッキがとどいた。DVDデッキは未入荷だという。とどいた2つに、カノープス社のデジタル・コンバーターを接続して、ビデオデッキから直接、コンピュータに取り込むことを試みる。ちょうどクリス君が22日のASCJで発表するのだが、映画を題材にしているので、そこで使えるようビデオを一部編集しようというわけ。13時過ぎから始めて、デジタル入力はスムーズに行き、PC上での編集もi-Movieでばっちり。ところが、出力になったら、うまく行かない。さんざん試みたあと、ついにコンバーター経由の出力はあきらめ、デジタルビデオカメラを経由して、まずDVに出力し、ついでDVからVHSにダビングすることにする。これで大成功。今後、出力面の調整さえ出来れば、今まで以上に資料作成が容易になるはず。映画は研究発表で引用が困難だったが、こうして徐々に楽になってくれるとうれしい。 |
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午前中、大学院の授業をすませたあと、すぐに教育実習生が世話になっている高校を訪問して、ご挨拶。いわゆる実習校回りは、専任の仕事の1つで、研究授業をいつも見せてもらっている。今回は江戸川区にある都立高校だったが、高二の生徒がみなおとなしいので不思議に思う。ゼミの実習生も頑張っていたので一安心。 夜が院のコンパの予定だが、はやめに訪問が終わったので、新宿で映画「KT」を見る。阪本順治の新作で、韓国の金大中大統領が野党政治家時代の1973年に日本滞在中に拉致され、数日後に発見されるまでを描いた政治サスペンス映画。題材が題材だけにどうかなと期待しないでいたが、そのせいもあったかどうか分からないけど予想以上にいい(恋愛場面になると不満はあるけど、それはおいといて)。拉致した側のKCIAの人物と、協力した元自衛官の視点に即して描いている。人物の背景をほとんど描かない手法で出来ているので、感情移入しにくいのだけれど、それぞれが素朴なナショナリズムと組織の力学とにからめとられながら裏切られ、逸脱していく過程がうまく出ている。途中で73年の風俗として「仁義なき戦い・広島死闘編」のシーンが挿入されているが、「新・仁義なき戦い。」を撮った阪本順治にとって、この映画が深作の撮りたかった政治映画にあたるのだろう。深作欣二は「仁義なき戦い」シリーズのあと、「実録・日本共産党」を撮ろうとしていて、渡辺政之輔と丹野セツを主人公に共産党内部と官憲の戦いを実録ヤクザ映画の方法論で描こうとしたのだが、結局、あちこちから注文がついて挫折している。30年後、阪本は「広島死闘編」の自己破滅的なアナーキストに敬意を表しながら、宙づりのまま組織からこぼれていく政治青年を描いたのだ。 「どついたるねん」のときから阪本順治にはたしかに注目してきたけど、すぐに見に行かなくて申し訳なかったなあ。つねに新しいものに挑んで変化していく姿勢には同世代としても頭が下がります。 |
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阿佐ケ谷のジムに出かけて、1時間半ほど泳ぐ。10ヶ月ぶりぐらいなので、400〜500m泳いだら息が切れてしまいました。ただ、サウナに入って汗を流したらようやくさっぱり。身体もなまっているときは頭もなまっているもんですね。帰りに駅前の書店に立ちより、本を数冊買う。 新高円寺に台湾家庭料理の「高味園」という店がオープンしたので夜はそこで。小さな店だけど、値段がみな300〜500円程度。枸杞の実やナツメグを入れた健康薬膳スープがおいしい。百合花炒めや豚の角煮、ビーフンを食べる。百合のつぼみを炒めたものは初めてだったけど、不思議な食感。ここはなかなかいけるお店です。新高円寺駅前すぐで、げんこつラーメンの隣。 高円寺はいい店がたくさんありますが、新高円寺も頑張っています。半年前に「横浜家系 相原家」という豚骨ラーメンの店が出来ました。ぼくはここの豚骨より、あっさり醤油味の中華そばが気に入っています。ラーメンでは、西早稲田にある味噌ラーメンの老舗「えぞ菊」の姉妹店「えぞ龍」が青梅街道と五日市街道入口の交差点にあって、なつかしい味噌ラーメンを食べさせてくれます。もう少し高級好みであれば、創作日本料理の「加美屋」がおすすめ。最近ごぶさたしていますが、日本酒のみながら料亭気分を味わえます。お気に入りの店がいくつかなくなって嘆いていましたが、まだまだ他では味わえないものがあるようです。 |
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かつて色川武大がナルコレプシーの病状について書いていたことがあったけど、それに近いぐらい、とにかく眠い。電車に乗って座った途端、寝てしまう。お茶の水で乗り換えて浅草橋で乗り換えようと思ったのに、わずか2駅で寝てしまい、乗り過ごしそうになる。かなりやばいな、これは。 明日はアスレチックジムにでも行って、からだをブラッシュアップしなくてはいけませんね。水泳でもしようか。 |
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フランス留学中の吉田モリオさんからメールが来る。遊学日記を「特殊文献専門店 怪美堂」のホームページにアップしているので、リンクをはってくれとのこと。さっそく拝見。1年間の期間限定ですが、フランスの日本学研究の現状や、パリ第七大学のセシル坂井さんや、やはり留学中の中島国彦さんの様子が伝わってきます。 |
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授業の準備で、原節子の映画「阿片戦争」「望楼の決死隊」「わが青春に悔なし」などを見返す。原節子が16〜17才で出たアーノルド・ファンクの「新しき土」は、今から見ると相当に奇怪な国際合作映画で、映画史的にもおもしろい。それに負けず劣らずなのが「わが青春に悔なし」で、片や満州農民の妻を演じたかと思いきや、片や反戦活動家の妻として、村八分にあいながら田植えに励む原節子のすがたがヒロイックに描かれている。夜にしか農作業を許されないという村の掟を破って、昼間、白い目をはねのけながら鍬を担いで歩むシーンはやはり見ごたえがある。 |
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この間、ずっと走りっぱなしだったせいか、身体がガタガタ。くたびれはててとにかく寝る。ただ、どんなに寝ても起きたときに、クタクタに感じてしまうのはどうしてなんでしょう。慢性化しているのか、単に中年の証拠なのか。 日本文学協会で監査役をやっているのだが、年に1回のその仕事の日。3時に新大塚の日文協事務所に行き、同じ監査委員の藤本勝義さんや会務委員の菅聡子さんに会う。電卓叩いて、決算の数字確認。そのあと藤本さんとお茶を飲む。 |
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展覧会最終日。ぶじに会期を終える。入場者総数1685人。図録も198部をお買い上げいただきました。まずは成功といっていいでしょう。 5時過ぎより撤収作業を開始。辻、粕谷、竹下、藤平先生たちの協力により、2時間ほどで終了。あとは陳列ケースや造作になるので、図書館員や業者の方にお願いする。飾ってあった大きな生花は、週末の臨床心理センターの開所式に流用だとか。フロアにひいた養生も質のいいものなので、庶務課がもらうことになる。ほんとはビールで打上げといきたいところだが、まだ声はかすれたままなので、おあずけ。 |
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ついにまともな声が出なくなる。取材の方は、大学で展覧会待機担当だった竹下さんに無理やりお願い。しかたなく引き受けてくれた竹下さん、突然とは思えないほど、ぴったり代役をこなしてくれる。最初から竹下さんにやってもらえばよかった。独特な間とリズムがいい味出しているはず。日大の関係者は、6/13の学内衛星放送に乞御期待。 3時にようやく医院へ。咽喉が真っ赤にはれあがり、声帯を傷つけているという。うがいは禁止。薬でうがいしすぎて痛めているそうな。3種類も薬をもらい、さっそく飲む。 帰宅して宵寝。目覚めてから、BSでクリント・イーストウッドの「ブロンコ・ビリー」を見る。昨日のジョン・フォード「捜索車」は、何度見てもいい映画だが、この「ブロンコ・ビリー」もそうしたフォードらの西部劇にオマージュを捧げ、かつ批評してみせた泣けるB級映画だ。 |
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あいまをぬって、展覧会場に行くが、冷房で係員が寒そうなので、ひざ掛けや買ったばかりのパシュミナを貸す。 面談を2人ほどとして卒論指導の授業に行ったら、そのころから急に声がかすれはじめ、みるみるうちに声が出なくなってしまった。まずいと思ったが、もう時間は6時近く。医者があけている時間ではない。明日は展覧会について日大ケーブルテレビの取材の予定。この状態ではダメだと悟って、あちこちに連絡、代役を探す。 |
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土曜日から咽喉がはれておかしいと思っていたが、アルコール消毒したり、イソジンうがい薬でしのいでいた。しかし、この日、3コマ、授業をしたら、どうにもいがらっぽくてしょうがなくなる。医者に行きたいが、その時間ではない。やむなく市販の風邪薬で、またまたうがいを重ねる。 |
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近代文学会の2日目に出るべく、神田の専修大学にいく。午後の小特集を聞く。むむむ……。会場が異様に暑い。冷房がきかないのだそうだ。それにしても窓のない密閉教室で、300人以上がつめているというのは健康によくないなあ。昼と夜の編集委員会に出て、さらにそのあと科学研究費補助金をとった共同研究のメンバーで打合せ。そこにあちこちから流れてきた「黒沢清」似といわれるヒゲの研究者ふくめ数人があらわれ、山の上ホテルの地下で夜半まで雑談。これが不幸の始まりだった。 |
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展覧会にあわせた公開フォーラムの日。ロバート・キャンベルさん、杉本まゆ子さんにゲストとして講演していただく。内部からは曾根、梶川両先生。日本近代文学会と重なったため、学会理事の曾根さんが会場にあらわれるのが遅れ、はらはらしたが、なんとか一人目の途中で間に合い、ほっとする。 6時ぐらいに終了。あと「爺」で懇親会。9時頃に解散。 |
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1限の授業をはやめに切り上げ、展覧会場に向かう。セレモニーなしだが、はやばや専門家の方たちが見学に来られた。図録、はやくも一箇所、誤植発見されたが、まずまずのいい評価を得る。ただし、湿度を一定に保つため、冷房がききすぎて係員のバイトが気の毒。記念館のホールは温度調節と湿度調節が連動してしまって、切りは離せないみたい。初日は160人ほど。この地でこの手の展覧会としてはまあまあ。トータルの目標人数は1000人なので、スタートしては悪くないか。 この日の朝日新聞夕刊にお知らせが載ったので、問い合わせも急増する。 |
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この数日、展覧会の準備に追われる。展示業者が前回と変わり、いろいろおもしろい案を持ってきてくれるので、ためしてみることにする。今回は布地にコンピュータ出力し、印刷された布をポスターや壁がわりに使った。コンピュータ出力だと画像やグラデーションの印刷が鮮明になるし、それが布地だというところがミソ。プラスチックのパイプを組み合わせて、そこに布地をはりこむ。文字パネルもシルクスクリーン印刷でじかに布にプリントしてしまう。スクリーン印刷の第一人者が来て、実際の作業を目の前でやってくれた。鮮やかな手際にびっくり。こんなふうにスクリーン印刷を行なうもんなんだと感嘆した。たぶん、来場するひとはそうした細かい技術には気づかないだろうが、そうした目立たぬところに技術がこめられているところが、デザインを大事に考えたこの展覧会の主旨にも合致する。おおいにこの業者さんに関心をもった。 結局、前回の轍をふむことなく、夕方までに陳列作業を終了。心地よく明日のオープニングを待つ。 |
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千葉伸夫さんの『評伝山中貞雄』(平凡社ライブラリー)を読みはじめてとまらなくなる。もっとはやくに読んでおけばよかった。 明日は東宝のビデオクラブから購入した38本の映画ビデオがとどく予定。最近は、DVDの隆盛で、VHSの販売は撤退方向にあるのだが、まだDVDのコンテンツが十分でないのと、これまでVHSで出たものがそのまま出るとはかぎらず、まして一部を教材に使ったり、発表に使う場合、教室や会場のAV設備がDVD装備になっているところはまだまだほんの少数。そこで、VHSをまとめ買いしなければならなくなった。幸い、今年は「小説と映画の修辞学的研究」という、あやしげな(というかチャットマンの研究書の邦題をちゃっかり流用した)テーマで研究費をもらったので、それを使うことになっている。こうした予算獲得もいまや大学教員の避けられない仕事になってきました。 |
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文理の百周年記念館で上代文学会の大会が開かれている。専門のちがう学会にはふだんは行かないのだけれど、この建物の使い勝手や、来週の展覧会会場の状況を見ておくために出かける。われながらよく働くと、だれも言ってくれないので自分で自分をなぐさめる(!)。 |
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研究日だけれど展覧会打合せがあり、大学へ。トホホ。 |
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院の授業のあと、Emehra君がジョン・ダワーの『敗北を抱きしめて』を読んでの感想を言いに来る。エジプト生まれの彼にとって、この本を読む日本人の気持ちが知りたいという。エジプトはイギリス、そしてフランス、オスマントルコに占領され、支配されていた体験をもつ。そういう国の記憶を負わされたものとして、エジプトについてこういう本をたとえばイギリス人に書かれたら何とも言えない気持ちがするという。こういう反応が返ってくるところがぼくにもいい刺激でおもしろいですね。 |
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学会の編集委員会。関さんが委員長なので連日、亜細亜大に通う。6時間ほどの会議をすませて武蔵境でみんなと夕食。 |
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非常勤の日。青山から亜細亜大へ。経済学部の学生を前に「近代化とジェンダー」を講義するという負担大の任務。むりやり原節子論に持っていくために、スター女優が担うイメージと表象のずれについて話す。 |
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会議デー。2つの会議が重なり、1つの方を助手さんに代理出席してもらう。夜は国文学会の評議員会。終わった後、金子さん、小平さん、大塚さんと「おふろ」で夕食。 |
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ハーバードでの会議で知りあったMelissa Wenderさんが来日されたので、彼女を囲んで夕食会。Chris君やAnnさん、高さんと留学生がそろう。それに大塚さん、中谷さん。Melissaさんのシカゴ大学院時代のエピソードから、最後はお化け話(?)となりました。 |
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連休中も結局、留守中の事務処理に追われる。二度ほど大学に行き、研究室で書類整理。展覧会の準備も大詰めで、次から次へやらなければならないことが多い。図録の色校正、展示キャプションのチェック、陳列ケースの配置、展示物の順序、資料のサイズとの照合などなど。 |
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リンク集に「亀井秀雄の発言」のページを加えました。 |
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前期の関連行事の案内です。5/23〜30の期間、文理学部百周年記念貴重書展が開催されます。ポスターはこちらでご覧ください。5/25(土)2時からは、貴重書展にあわせて公開フォーラム「交差する書物―文庫・コレクションの魅力」が行われます。講演は、 ロバート・キャンベルさん(東京大学)「ヨーロッパに活きる〈日本の本〉」 杉本まゆ子さん(宮内庁書陵部)「文庫としての宮内庁書陵部」 曾根博義さん(日本大学)「中村古峡の遺産」 梶川信行さん(日本大学)「上田萬年の文庫をめぐって」 の予定です。展覧会とあわせてぜひご参加ください。 また7/6(土)には日本大学国文学会総会が開催されます。会員の研究発表のほか、ゲストとして 津島佑子さん(小説家) をお招きして、講演をしていただきます。演題は「希望としての文学」。『笑いオオカミ』をはじめ、現代文学の中心に位置する津島さんの講演にご期待ください。時間と会場は追ってお知らせします。 |
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はやくも5月。 アメリカツアーの日記をアップしました。分量があるので、別ページにしましたので、そちらを御覧ください。 |
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ちょうど空いた時間があり、タイミングがいいので「鬼が来た」を見る。イメージ・フォーラムに行けば、池田君や米井さんに会えるんだけど、渋谷にまわるほどの時間はないので、新宿で鑑賞。大江健三郎「飼育」の中国版。姜文も香川照之もよかったけど、村人たちがいいですね。ただ、2時間20分はちょっと長い。カンヌでは2時間40分バージョンだったそうだけど、徹底して長いか、あるいは2時間以内で収めるか、どっちかの方がよくなかったかな。 |
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帰国後の数日間は、怒涛のように押し寄せる校務をこなすので手いっぱい。しかし、こんなに仕事ってたまるもんなんですね。それに夜が眠くて眠くて、仕事にならなかった。ようやく、昨日あたりから調子が戻ってきました。ただし、急にお酒に弱くなっています。旅行中、欠かしたわけではないですが、何しろ体調を気にして量を減らしていて、それがそのまま限界量になってしまった。ま、身体にはいいことなんですけど。 2時から教科書の会議。夕方に終わったので、帰りがけ新宿に出る。「鬼が来た」を見ようとして時間あわず、やむなく「アザーズ」を見る。ニコール・キッドマンが大好きだから、彼女が出ているだけでいいんですが、映画はゴシック・ホラーの味。怖さの演出は目をつぶるほど(ということは逆にいうと、出るぞ、出るぞという予告効果が多いということ)で、そこそこ面白かったけど、どうしてあんなにオカルトになるのでしょう。「シックス・センス」といい、最近のハリウッドの流行なんですね。 |
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昨日、ぶじに帰国しました。ハードなスケジュールでしたが、心身ともに快調。これはひとえにアメリカで出会った方たちとのおかげでしょう。滞在記は連休のときに掲げます。 今日は、時差ボケにもかかわらず、10時に出勤。研究室で書類の山を整理しているうちに、新図書館地鎮祭の時間。いつもの八幡宮の宮司が神降ろしだの、神昇りだのをやって、総長・学部長といったお歴々が木の鍬だの、鋤だのをもって、「エイッ、エイッ、エイッ!」って叫んで、参拝・柏手、お神酒をのんで終わり。新帰朝者としては、神道を土着の宗教的慣習として認めることはやぶさかではないけれど、みんなに強制するのはやめてほしいですね。宗教的な信条の自由からいっても、憲法違反だよ。そのあと「直会」(なおらい)とかいって、要するにホテルからパーティ料理を用意させ、コンパニオンが出て来た。昨日までとの落差に目まいがするよう。 1時から展覧会の打合せ。ひきつづき図書館でも打合せ。さらに助手の大塚さんと留守中の連絡事項を確認していたら7時になってしまった。帰宅後、やもたてもなく眠くなる。 |
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これから一眠りしたあと成田に向かいます。ワシントン経由でボストンに入り、ケンブリッジ、ニューヘイブン、ニューヨーク、ロサンゼルスと移動していく予定です。23日の晩に帰国します。それではまたしばらく更新はお休みです。 |
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あわただしく時間が過ぎていく。とりわけ2週間留守にするため、その間の前倒しの仕事がたっぷり。今日は入学式・開講式だというのに、打合せ会議が3つ。それでも片づかず、最後の明日にかける。 |
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朝日カルチャーセンターで「戦争の表象」という講座を3回連続で行なった。今日はその最終回。戦争を描き、戦争によって発展した映画や文学について話をしてきたが、聞き巧者の方たちばかりで助かった。また夏にも登板することになりそうです。 学部新入生の懇親会。教員の大半、参加するも、学生の様子をウォッチングすることに終始しました。 Harvard大学でのワークショップの案内ページをあげておきました。こちらはUCLAよりはやく4/13に開催予定です。 |
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UCLAのMichael Bourdaghs先生から、ホームページで4/19、20の国際会議のアナウンスがなされたとのメールをいただきました。こちらのページをご覧ください。 |
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いよいよ新年度が始まります。今日は第1回目の研究室会議がありました。定年を迎えられた笠原先生の後任で小平麻衣子さんが助教授として新たに近現代のスタッフに加わり、助手に大塚香さん、副手に横山美紀さんが入りました。近現代日本文学については、曽根、紅野、金子、小平という体制になったわけです。 午後からは教授会、大学院教授会とつづき、夜は学科の歓送迎会。桜上水のフランス料理店「陽樹」でにぎやかにとりおこなわれました。 |
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時間割にリンクをはって学部授業のシラバスをアップしました。大学院のシラバスはもう少しお待ちください。 【注意】年度初めで恐縮ですが、4/11〜23の期間は、海外出張のため休講になります。4/9(火)の授業は出来ますが、その後は4/25まで授業が出来ません。履修登録に際しては、このシラバス等で判断してください。代替授業は補講期間に行ないます。 大学院の「日本文学特殊講義」および学部の「特殊研究ゼミナール」については、休講期間のあいだに読んでおくべき参考文献や資料の指示を出しますので、4月に入ったら、このホームページや研究室の掲示板に注意してください。 |
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お待たせしました。ようやく更新です。 新研究室の居心地はまずまず。とにかく部屋が狭い、書棚が置ききれない、壁の一部がバブルガム・ピンクという最悪のカラーセンスということで、さんざんではありますが、それでも文理につとめて15年、はじめての個室ですから、中くらいのうれしさです。ぼくの部屋は4階。前の9階から比べると、都心の眺めは見えませんが、中庭の木々が目にやさしいのがいいですね。 今日はいよいよ卒業式。もうすぐ学位記伝達式も始まります。毎年のことではありますが、やはりこの時期はしみじみしますね。 来年度の授業時間割も決まりました。「授業について」を見てください。 |
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