《発言者からのリプライ》
「読者の声」に投書されたS君の文章を読みました。「学叢」62号で「従軍慰安婦や軍隊による略奪・強姦は、男根主義的なセクシュアリティが偏狭なナショナリズムに結びつく中で引き起こされた」と発言したのは、ぼくです。この発言はシンポジウムの記録から後藤さんがまとめてくれたものですが、S君の問いに対しては発言主体であるぼくが答える必要があると思いますので、本誌の余白をおかりすることにします。
S君の問いの中心は「実際に『従軍』された慰安婦がいたという決定的な証拠及び資料は、今もって発見されていない」ということです。ぼくの発言のなかでは、後半のセクシュアリティとナショナリズムの結びつきということに、きちんとした補足説明がいるのですが、そこは批判的な問いのポイントにされていないので、べつな機会に譲ります。さて、問いのキイワードは「決定的」という言葉にあります。いくつかの証拠や、さまざまな証言、証人はいるけれども「決定的」な証拠はないじゃないかというわけです。この主張は、最近、藤岡信勝氏や自由主義史観研究会のメンバー、櫻井よしこ氏や小林よしのり氏らによって言われていることとほぼ同じであり、それらを踏まえたものと思われます。
しかし、ここで「決定的」であるとはどういうことかを考えてみましょう。裁判制度というものがあります。裁判で判定されることは「決定的」でしょうか。ぼくたちは裁判の「決定」ですら相対的な場合があることを知っていますし、前記の人々は「東京裁判」は勝者による一方的な裁判だといっています。歴史に「決定的」な証拠はないということを、むしろ有効活用しようというのがその立場の人々です。
だから、教科書で教える必要はないという。しかし、「決定的」な証拠がない点においては、大和朝廷の歴史についても、天皇家のルーツについても同様です。では、おおむねナショナリズムのイデオローグでもある彼らは、日本と呼ぶこの国の成立ちは教える必要がないと言うのでしょうか。
新しい歴史教科書を作る会が出した本を読めば分かるように、そこにあるのは「決定的」な証拠や資料にもとづく歴史ではなく、むしろ相対的に薄弱な証拠や資料にもとづく虚構性の強い歴史物語です。小林よしのり氏の『戦争論』(幻冬舎、1998)などは、その物語性・虚構性ゆえにいかに歴史を単純化・一般化しうるかをめぐる、典型的な症例といっていいでしょう。したがって、彼らの批判の隠れた真意は、歴史は物語にすぎない、ならば「自虐」に陥らないで、日本人である自分たちに居心地のいい物語の方がいいではないかということに尽きます。日本国内でのみ通用するこうした論理をふりかざしている彼らは、あのBOSSのCFに出てくる「ガツンと言ったれ」と飲み屋で気炎をあげてるオヤジ・サラリーマンとまったく同じです。実は、ここでも相変わらず「男根主義的なセクシュアリティ」と「偏狭なナショナリズム」は結びついているのです。
では証拠や資料が相対的だとするなら、一体何において歴史は語られるべきなのか。むろん、ことは簡単に「決定」されるものではありません。これまでの歴史叙述が正しいとはぼくも思っていません。「従軍慰安婦」の歴史的検証についてはあとにかかげた文献類を参照して考えてもらうとして、ぼく自身は当事者の証言や声を重視すべきであり、彼女/彼らへの想像力が重要だと思います。証言はすべての事実を解き明かすものではありません。いや、それどころか、語りえない沈黙の証言というものもあります。証人の言葉にならない沈黙を解するには、そこに対した人間の想像力が問われます。戦場で何があり、その体験はどのようなかたちでその人の人生に影を落としたのか。そうした証言の数々がくみあげられてこそ、歴史はそのおぼろげな姿をあらわします。すべての人は嘘つきだという前提に立つならば、いっさいの証言を無視するのもいいでしょうが、そうした態度が「真実」や居心地のよさを約束するものなのか、たいへん疑問に思います。
韓国の女性作家ビョン・ヨンジュさんの記録映画「ナヌムの家」(1995)をぜひ見てください。元「慰安婦」の韓国人ハルモニたちが身をよせあって暮らしていた生活のたたずまいを目の当たりにすることができます。この映画には「ナヌムの家2」(1997)という続編もつくられ、ちょうど一年前に日本で公開されています。フィリピン女性で初めて名のりでたマリア・ヘンソンさんの『ある日本軍「慰安婦」の回想』(岩波書店、1995)は、のちに政府基金からお金をもらってしまうことになる彼女の、しかし、それを批判することができるのは誰なのかを問わずにいられなくなる半生が描かれています。
「ぐうたら」な元日本人兵士であった小説家・富士正晴の書いた小説集『帝国陸軍における学習・序』(岩波書店『富士正晴作品集一』に収録)には、戦場での強姦と「慰安婦」連行の実態が作家本人の目撃した体験として書かれ、しかも、あまりに残酷すぎるこの世界に対する痛切な悲哀とともに描かれています。本人が直接手をくださなかったのは、かれが「ぐうたら」で「臆病」だったからにすぎないと、作家は書いています。「慰安婦」だけでなく、皆殺しにされた村から日本軍に連れられていく中国の少年のこともそこには出てきます。広大な中国大陸で父を殺され、母を犯された少年がただ食うために兵隊たちについていき、やがて見知らぬ土地で置き去りにされていきます。証言すら残すこともできずに消えていったこうした無数の声は、歴史の根底で掘り起こされることのないまま眠っています。おそらく日本人のなかにも同じような被害に出会った人がいるでしょう。しかし、手厚く葬られ、戦没者として慰霊される日本人に比して、かれらの放置された状況が現在までつづいているのは不均等ではないでしょうか。
S君は新聞報道の偏向について指摘しています。まったくその通りだと思います。その場その場で話題になればいいのが新聞です。しかし、それは「朝日新聞」だけでなく「読売新聞」も大差ないことを前提にしなければなりません。
疑うことは大事です。ぼくの発言もうかつに信用しない方がいい。自分で読み、自分で見聞きすることを通して確認してください。その機会をふやすことこそ、君自身の人生の「歴史」を形作ることになるはずですから。「教科書」批判に賛同するのは自由ですが、そのときに対抗する「もう一つの教科書」に依拠しているのではだめです。「教科書」はすべからく虚構であるとして、その外側にある書かれざる余白を見つめることに、ぼくたちの知性の成否もかかっているのです。
| ○主要な参考文献リスト(文中であげたものを除く) |
| 『従軍慰安婦―元兵士たちの証言』西野留美子著、明石書店、1992 |
| 『「従軍慰安婦」問題と性暴力』鈴木裕子著、未来社、1993 |
| 『「従軍慰安婦」等国際公聴会の記録』国際公聴会実行委員会編、東方出版、1993 |
| 『従軍慰安婦』吉見義明著、岩波新書、1995 |
| 『国際法からみた「従軍慰安婦」問題』国際法律家委員会、日本の戦争責任資料センター訳、明石書店、1995 |
| 『国民の油断----歴史教科書が危ない!』西尾幹二・藤岡信勝著、PHP研究所、1996 |
| 『汚辱の近現代史――いま、克服のとき』藤岡信勝、徳間書店、1996 |
| 『近現代史教育の改革――善玉・悪玉史観を超えて』藤岡信勝、明治図書、1996 |
| 『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』女性のためのアジア平和国民基金編、龍溪書舎、1997 |
| 『戦争とおんなの人権――「従軍慰安婦」の現在性』山下明子著、明石書店、1997 |
| 『従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』吉見義明・川田文子編著、大月書店、1997 |
| 『「慰安婦」問題Q&A----「自由主義史観」へ女たちの反論』アジア女性資料センター、明石書店、1997 |
| 『ナショナル・ヒストリーを越えて』小森陽一・高橋哲哉編、東大出版会、1998 |
* なお、東大の立花隆ゼミによるインターネット・ホームページ「調べて書く、発信する Cyber University」でも、ゼミ有志による「激論! 歴史教育を問う!〜歴史教科書論争〜」という刺激的なページが開かれ、賛否両論ふくめて活発な分析と考察の対象になっていました。この「歴史教科書論争」のページが、三月末で一区切りつけて閉鎖されるのは残念ですが、まだ間に合うならば一度たずねてみたらどうでしょうか。
(http://www.hongo.ecc.u-tokyo.ac.jp/~e71860/kyoukasyo/) |
| * 「慰安婦」問題とはちがいますが、「南京虐殺」事件についても歴史認識が問われています。そのなかでクリストファ・バーナード『南京虐殺は「おこった」のか――高校歴史教科書への言語学的批判』(筑摩書房、1998)は、「偏向」と非難されているはずの教科書の文章がいかに事件を自然発生的に(つまり行為主体をはっきりさせずに)記述しているかを、言説分析という手法で批評しています。これは歴史叙述がすぐれて言語学的・国語学的な批評研究の対象であることをあらためて示した格好の例だと思います。 |
| * それからもう一言。ナショナルな歴史修正主義の動向があらわれてきたのは、日本だけではありません。つまり「この国だけが他国と比べてヘンだ、普通にもどせ」という主張が各国でインターナショナルに発生してきています。つまり、ナショナリズムのインターナショナリズム化という不思議な現象です。ここには現代のグローバリズムとその反動があるようです。この点については、昨年度と今年度の総合教育科目「戦争と平和」の授業のなかで、ハリウッド製の劇映画「国民の創生」とホロコーストをあつかった記録映画「ショアー」を題材に二年間、話をしてきたことを付け加えておきます。 |