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日本大学 大学院 文学研究科

教員インタビュー

  • 丹治教授の写真
    哲学科/哲学専攻
    教授   丹治 信春(たんじ のぶはる)
    整った研究環境で、“ゴリゴリ考える”学生を育てたい
    田中教授の写真
    国文学科/国文学専攻
    教授   田中 ゆかり(たなか ゆかり)
    自由な発想で新しい日本語研究をめざそう!
  • ※ 文章はインタビューをもとに編集いたしました。
  • 丹治教授の写真
    哲学科/哲学専攻
    教授 丹治 信春 (たんじ のぶはる)
    東京大学教養学部教養学科 卒業
    東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎論修士課程 修了
    東京大学大学院理学系研究科科学史・科学基礎論博士課程 満期退学
    博士(学術)(東京大学)
    前日本科学哲学会会長
    http://kenkyu-web.cin.nihon-u.ac.jp/Profiles/80/0007977/profile.html
  • 整った研究環境で、“ゴリゴリ考える”学生を育てたい
  •  私の研究について
  • 私の研究分野は哲学。現在の研究テーマは
    1 言語を理解することと、知識との関係
    2 なぜ人間には意識があるのか――
  • 1の内容を一言で説明するのは難しいのですが、大体こんなことです。普通、言葉の意味の理解と、その言葉を使って語られる事実とは、はっきり分けられると考えられていますが、実はそうではないと、私は考えています。そのことが一番わかりやすいのは、理論的な科学の言葉です。「電子」という言葉の意味を理解することと、電子について科学者たちが「事実」と考えていることを受け入れることとは、切り離せないのです。そして、それと似た事情が、日常的な言葉にもあるだろうと考えています。そのような考えを『言語と認識のダイナミズム』という本にまとめました。
  • 2は心の哲学と言えるものです。生物が生存していくうえで有利なことには快感が伴い、不利なこと、たとえばケガや飢餓などには不快感が伴います。このシステムは、とても偶然とは思えないくらいよくできているんですね。したがって、意識的な感覚のあり方は進化してきたのだろうと考えられますが、意識のあり方の特徴が進化してくるためには、その特徴が物理的な出来事に対して因果的な効力・作用を持たなければなりません。
  • 物理学者は、物理的なものに影響を与えるのは物理的なものだけだと言いますが、意識のあり方は、とても物理的なもののようには思えない。では、意識のあり方などというものが、どうしてこんなにうまく進化したのか、ものすごく不思議なことだと思うのです。
  • 意識のあり方が自然淘汰の中で働きを持つのだとしたら、自然淘汰は物理的な相互作用ですから、意識の在り方が物理的なものに影響を与えている。そう考えざるを得ないのではないかということが、いま一番、気になっている問題です。
  •  よく学び、よく遊べ
  • 自然科学などの場合は共同研究が主ですが、哲学は自分の関心でやらなければ、とてもできるものではありません。ですので、学生は一人ひとり自分の興味で研究を進めています。
  • 大学院の授業は、原書講読、テキストを読むことに多くの時間を割きます。テキストとして取り上げるものは、学生の希望を聞くことも、私が自分で決めることも。
  • テキストの読み方を訓練し、批判的に読むとか批判的に考えるといったことを訓練し、あとは一人ひとり、個人指導です。みんな、楽しそうにやっていると思いますよ。
  • 大学院生たちには、ゴリゴリと考える力を、できるだけつけてやりたいんです。私の師事した大森荘蔵先生は本当にゴリゴリ考える方で、私もものすごく影響を受けました。それを伝えていきたいと思っています。
  • 昔は、「哲学なんかやったら飯が食えない」とよく言われたものです。でも、社会全体が、「これまで通り」では何事も進まないという現代においては、一番基本的なところからものを考える力とか、自由な発想とか柔軟な思考とか、そういうことが社会全体に必要になってきています。ですので、この時代には、哲学をやっているのはかえって有利なのではないでしょうか。
  • 私は大学院生に特別なことは望みません。平凡ですけれども、よく勉強してほしい(笑)、それだけです。学生時代は本当に時間があるんですよ。ところが、学生のときはそのことに気がつかない。後になって仕事に就いたとき、あの時は時間があったんだなあ、と後悔しないように、しっかり勉強しておいてほしい。もちろん、遊んではいけないとは言いません。遊ぶときはしっかり遊びながら、ですね。
  • 当大学院には、佐々木健一先生、飯田隆先生、永井均先生といった、日本を代表する哲学者がたくさんいて、哲学の勉強をするには素晴らしい環境。日大はとにかく規模が大きくて、文理学部だけでも9,000人の学生がいるんですね。学生が多いですから、当然、教員も多い。だけど大学院生はそんなに多くありません。
  • たとえば哲学の教員は、教授・准教授10人に、授業を担当する助教が2人。専任で授業を受け持つ先生が12人もいるわけですから、非常に広い範囲をカバーできます。人数の少ない大学院生にとっては、かなりいい研究環境ではないかと思っています。
  • もし、学力の面で不安を感じている学生がいたなら、ぜひとも先生に相談すること。自分で思っているのとは事情が違う場合も多いし、相談すれば拓けるということが、結構あるんですよ。あまり慣れていないかもしれませんが、先生に相談するのは非常に大事なことだと思います。もちろん私も、最大限のサポートを惜しみません。
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  • 田中教授の写真
    国文学科/国文学専攻
    教授 田中 ゆかり (たなか ゆかり)
    早稲田大学第一文学部日本文学専修 卒業
    早稲田大学大学院文学研究科日本文学専攻修士課程 修了
    早稲田大学大学院文学研究科日本文学専攻博士後期課程 満期退学
    博士(文学)(早稲田大学)
    http://kenkyu-web.cin.nihon-u.ac.jp/Profiles/33/0003244/profile.html
  • 自由な発想で新しい日本語研究をめざそう!
  •  研究の芽はどこにでもある
  • 私の専門は日本語学で、現代の日本語と日本語社会の変化に関心があります。少し格好をつけていえば、言語から社会の変化を記述したい、と思っています。首都圏が主なフィールドで、実際使用されることばとしてのリアル方言から、小説や映画・ドラマ・マンガ・アニメなどの創作物に使用されるヴァーチャル方言の問題、メディアとことば、そして言語サインまでと、関心はさまざまです。主な著書に、『首都圏における言語動態の研究』(笠間書院,2010)があります。
  • 社会のありかたによって、ことばのありかたが変ってくる身近な例を挙げると、携帯電話の出現が日本語や日本語社会に与えたインパクトがあります。たとえば携帯電話が一般化したことによって、「今いいですか?」から通話時の会話がスタートするというような新しいルールが定着し、“ケータイメール”では、絵文字を使った配慮表現が男性も含めて一般化してきたことなど、が例となります。
    また、さまざまな言語的背景をもつ人々が日本に居住したり、訪問したりすることによって多言語に対応した掲示やサービスなどが充実してくるなどといったことも、言語の観点から社会の変化を見通せるトピックです。
  • 実際に使用されている方言のことをリアル方言とわたしは呼んでいるわけですが、リアル方言の研究例を挙げてみましょう。首都圏に方言なんかない、と思うも知れませんが、そんなことはありません。世代差も大きく、アクセントやイントネーションも時代とともにずいぶんと変化しています。尻上がりに「カワイクナイ?」というイントネーション、聞いたことありませんか? 現在では、ずいぶん普及しましたが、1990年代以降に首都圏に広がってきた新しいイントネーションです。
  • 研究の芽というものは、何か特別なところにしかない、あるいは、しかめっ面して考えなければ出てこないものなのかというと、私は、そうではないと思っています。どこにでもある。だけど、どこにでもあるものを、それが研究の芽である、と気づくことができるかどうかが問題だと思うわけです。
  • 研究の道に進みたいと思っている人には、「研究テーマは誰かに与えられるものでもなく、すでに確立されたテーマだけがテーマなのではない。あなたがハッと気づいたことを研究テーマとして育てていけるかどうかだ」と言いたいですね。
  • 発端は、些細な、くだらないことかもしれないし、それが真に意味のあることかどうかわからないけれども、くだらないかどうかは、後になってみないとわかりません。おそらく、何でも「くだらないや」
    と思ってしまう人は、新しいことに踏み込めない人なんだと思うんです。
  • くだらないかもしれないけど、とりあえず“ネタ帳”につけておく。そして頭の中で転がしてみる。仮に、それが研究テーマとして成立するのだとしたら、どのように展開させていったらいいのか、これが研究の始まりなのでは、と思っています。くだらないとか、堅苦しく考えすぎるとかといったようなことは捨てたほうが、いろいろな研究をワクワクしながら進めることができますよ。
  •  若者の特権は大いに活かす
  • 「自分は学生だから」「若いから」
    できないという考えは持たないでほしい。確かに人文系の学問は、年齢を重ねることによってより高度な、洗練されたものになっていく側面もありますが、若者には若者の特権があります。
  • これまで研究の蓄積がない新しいジャンル、たとえばケータイとかブログとかツイッターとか、ともかくその時々にあらわれてくる新しいジャンルにおいてどのようなことが生じているのか。このような分野には年配者はなかなか参入できませんし、実感も伴いにくい。このような新しいジャンルで生じている新しい事態の究明は、おそらく一番近くにいる若者がもっとも得意とするはずです。これがまさに若者のもつアドバンテージです。私は新卒で望んで新聞社に就職し、3年間、記者として勤務しました。この経験は私にとって非常によかったと思っていますし、会社で教育してもらったことは今の自分自身の研究生活にも大いに役立っています。
  • もし、一度社会人になって、学究の道に進みたいと思われる方がいらしたら、
    「自分自身が本当に研究したいことは何なのか。また、年齢というハンデを乗り越えて、若い人たちと同じように、さまざまなことに関心を持って、いろいろなスキルの獲得も、貪欲に、ジャンルにとらわれずにやることができますか
    と質問したい。
  • もしYESなら、考えてみてもいいと思います。これまで社会人として積み上げてきた何かは確実に捨てることになるわけですが、それでも私は何かを追求したい、それを知るために乗り越えることならば楽しいと思える、というのならば、それは大学院に入るときなのかもしれません。
  • 国文学専攻の大学院は研究意欲の高い個性的な教員が揃っています。しかも、いまは大学院生の数が少ないという、とてもお得な状況。指導に意欲的な教員たちから、指導を存分に受けながら、研究活動を進めていくことができます。
  • わたしたち国文学専攻のスタッフは、従来から研究として確立しているテーマだけが研究とは、考えていません。それぞれの分野において、新しいことがやりたいと思っているのなら、当大学院への進学を考えてみてはいかがでしょうか。
  • 私の研究分野は、フィールドワークに出て行ったり、統計を使ったりコンピューターを使ったりして現代の日本語や日本語社会の変化について考えていく、どちらかというと国文学専攻の中では社系、理系寄りな専門分野です。国文学専攻は、机に座り本を読みつつ考えるというインドアなイメージがあると思いますが、そうでない研究分野にも対応しています。
  • 私の担当している日本語学には、もう一人、荻野綱男先生がいらっしゃいます。荻野先生と私は二人とも、研究において割合とらわれないタイプだと思います。「そんな研究はくだらない」とか、従来のいわゆる「研究」として確立しているものだけが研究とは、まったく考えていません。特に社会言語学や計量言語学というジャンルについては、実績、指導の経験もあるといえるでしょう。もし、現代日本語学の中で新しいことがやりたいと思っているのなら、当大学院への進学をお考えになってはいかがでしょうか。
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