日本大学英文学会  

月例会報告

 *2012年度

1月例会(2013年1月26日)

[司会] 生産工学部教授 福島 昇

[研究発表]

1.博士後期課程1年 伊藤佐智子
    Paradise Lost
から読むC. S. Lewis―Space Trilogyにおける「沈黙」の考察―

2.文理学部助教 一條 祐哉
  身体的特徴を叙述するhave構文の意味論的考察 
 

[梗概]

1.Paradise Lost から読むC. S. Lewis―Space Trilogyにおける「沈黙」の考察―
                                  伊藤佐智子(博士後期課程1年)

C. S. Lewis (1898-1963) John Milton (1608-74) のキリスト教観を高く評価し、共感を示す部分も多く、彼の児童文学作品Chronicles of Narnia (1950-56) の中には、ミルトン的主題を読み取ることが十分に可能である。また、Out of the Silent Planet (1938)Perelandra (1943)That Hideous Strength (1945)、この3作品はRansom Trilogy、あるいはSpace Trilogyと呼ばれ、『ナルニア国年代記』以前に描かれた作群であるが、各作品内には、Paradise Lostの引用、あるいは類似した場面がしばしば見られる。

この三部作の第1巻の題名となっている“Silent Planet”というのは地球を指すものである。この第1巻において主人公Ransomは、他の惑星で地球が“Salcandra”、「沈黙の惑星」と呼ばれている事実とその理由を知る。それは、宇宙に存在する各惑星にはそれぞれその惑星を統べる「オヤルサ」と呼ばれる存在がいるが、地球のオヤルサだけが曲がったもの(bent one)となってしまい、他の惑星との交流が阻まれている、というものである。地球について、火星のオヤルサはランサムに「サルカンドラは私たちのあずかり知らない世界である。それだけは天界の外にあり、いかなるメッセージも伝わってこない」と話す。つまり、地球は唯一、惑星間の交流が遮断された状態にあり、それゆえに「沈黙の惑星」と呼ばれているのだ。

 何の発信もなく交流もない状態であるから「沈黙の惑星」というのは納得のいくものである。しかし、現代の地球を表現するのにあたって、C.S. Lewisが多くの言葉の中から “silent”という語を選択したことに注目したい。本発表ではParadise Lostにおける「沈黙」を手掛りに、Lewisの「沈黙」に込められた意味を考察する。

 

2.身体的特徴を叙述するhave構文の意味論的考察
                                     一條 祐哉(文理学部助教) 

英語の have 構文(主語 + have + 目的語)の意味の1つに「全体部分関係 (whole-part relation) というものがある。先行研究では、このタイプの例として(1)のような文を挙げ、主語が全体を表し、 目的語 がその一部分を表すと説明している。

(1)          a. The tree has branches.
b. John has a big nose.
c. Mary has blue eyes.

しかし、(1b)や(1c)の例から気づくと思われるが、主語が有生物の場合、たいてい 目的語の名詞の前に形容詞がつく。このことは、これらが(1a)のような物質的な全体−部分関係以上のものを表すことを示唆する。本発表では、(1b)や(1c)のようなhave 構文(主語 + have + 目的語(形容詞 + 名詞))を「身体的特徴のhave 構文」と呼び、目的語が身体的一部分というよりも、身体的特徴を表すことを 考察し、この構文は主語についての身体的特徴を叙述するという ものであるということを論じる。

 

★11月例会(2012年11月17日)

[司会] 文理学部教授 當麻 一太郎

[研究発表]

1.  博士後期課程1年 尼子 充久
     『緋文字』のプロトタイプ ―「異化」されたドイツ宗教改革のコンテクスト―

2. 文理学部講師 
谷村   航
     主語の属性の責任とTough構文

[梗概]

1. 『緋文字』のプロトタイプ ―「異化」されたドイツ宗教改革のコンテクスト―
                                   尼子 充久(博士後期課程1年)

 本発表ではホーソーンがセイラムの図書館借りた本の記録から『緋文字』のプロトタイプを提示することにより以下の4つのテーマの答えを明らかにしていきます。

 •ヘスターの衝撃的な登場場面
 •ヘスターが緋文字を胸につけ続けながらも、最後まで悔い改めることのない理由
 •敬虔な牧師であるディムズデールが決して罪を告白しない理由
 •チリングワースがディムズデールこそがヘスターの姦通相手だと確信できた理由
 

2. 主語の属性の責任とTough構文
                                     
谷村   航(文理学部講師)

本発表では、英語のTough構文における主語の属性の果たす責任とその属性認知について論じる。Tough構文( Tough construction )とは、[名詞]+[be動詞]+[形容詞]+[to不定詞]の統語形式を持った文のことをいう。

 (1) John is easy to please.

Tough構文は、主語の属性を表すと言われている。

(2) Joe is impossible to talk to because…
     a. he’s as stubborn as a mule.
     b. *he’s out of town.                                   [Tough構文]

Joeと話せない理由として、(2a)のように「Joeが頑固である」と述べるのは自然であるが、(2b)のように「町にいないから」と述べるのは容認されない。その理由は、Tough構文は「主語の属性」を表しているので、主語の属性に言及してない(2b)は、Tough構文で表されている意味と衝突してしまうからである。しかし、中間構文( middle construction)と呼ばれる構文も主語の属性を表すと言われている。

(3) a. This book reads easily.
   b. This knife cuts well.                                   [中間構文]

Tough構文や中間構文も、その主語のもつ属性が文法の容認度に影響を与える。それでは、「責任 (responsibility)」とはどのような概念で、Tough構文と中間構文の主語の属性認知はどのように行われるのか。本発表では、Tough構文と中間構文の「主語の属性の責任」を比較することで、Tough構文の「主語の属性の責任」について考えてみたい。

 

10月英語教育シンポジウム(2012年10月20日)

[司会] 国際関係学部准教授 杉本 宏昭

[テーマ] 「これからの言語教育の可能性を探る:
                                       国際関係学部におけるCEFRの実践と展望を例に」

[発題者・梗概]

1. 大学英語教育の現状と言語教育の可能性
                                 杉本 宏昭(国際関係学部准教授)

 近年、社会から大学への要求として「仕事で英語が使えるよう大学生を育成すること」が強く求められ、大学でも学生の将来を考慮し資格試験の得点アップを目指した授業、英語コミュニケーション科目の増設など、実践型英語教育が数多く実施されている。同時に、いわゆる「ゆとり教育」、入試の多様化、少子化などの理由により、基礎英語力が年々低下している。この相反する二つの状況に辻褄を合わせるべく、大学は習熟度別クラス編成や統一カリキュラムなどの対策を講じている。現場を担当する英語教員は、社会からの要請と現場の教室レベルのギャップの中で、毎日様々な悩みを抱えながら授業を実施し、またその中で、英語以前に日本語の再学習が学生には必要であると実感できることであろう。

 学部における言語教育全体に目を広げてみれば、各言語は独自性を保ち、独立した授業内容や評価規準をもうけているため、学生を中心とする言語教育を考える時、各言語間における共通項不足によって、複数言語を受講する学生たちにとって、各言語で学んだ内容を相互参照できずにいる。また評価に関しても規準が異なっているため、複数言語学習における統合した知識の構築に支障をきたしている。しかしながら今後の学部全体の言語教育を考えた場合、また何よりも学生たちの言語学習・習得を最優先に考えた場合、当然、各言語間における「共通項」を設けることによって、学生が複数言語を受講した場合でも、一つの言語が他の言語学習の参考となるような教育内容とシステム、ならびに言語間における共通した評価基準づくりが理想的である。

 本発表では、英語教育の現状の共有だけではなく、教科としての英語を越えて「言語」として、他言語や他教科とともに学部単位でこれからどのような言語教育が可能かを考察する。


2. 日本の高等教育機関における
CEFRの意味
                                   長嶺 宏作(国際関係学部助教)

 本発表では、日本の高等教育において質の保障が求められる中で、どのように多様な授業実践を維持しながらも、統一的な教育内容を作ることができるかについて、CEFRを事例にして考察したい。言語教育は、高等教育の質を保障しようとするときに、改革の対象となりやすい領域である。各語種にテストもあるため、形式的には特定のレベルを明示しやすい。しかし、表面上の統一は教育実践を形骸化させる可能性があり、どのように実質的な意味を持たせながら改革できるのかが問われている。そうした問題に対して、教育政策においては、新しい評価論やカリキュラム設計論が登場している。このような動向を踏まえて、CEFRの意味を考えていきたい。


3. 国際関係学部におけるフランス語教育の現状と展望
                                 橋本 由紀子(国際関係学部助教)

 国際関係学部におけるフランス語カリキュラムは現在、文法中心の授業と、CEFR準拠の教科書を用いたコミュニケーション中心の授業という二本柱で構成されている。本発表では、現カリキュラムの中で実践されているフランス語授業へのCEFR適用の現状と展望を概観する。

 1年次の最初から全てフランス語で書かれた教科書を使用することは、一見困難が伴うように見えるが、ごく自然にフランス語という外国語世界に馴染むのに大きな効力を発揮している。フランス語を最初からフランス語として理解すること、受動的に学ぶのではなく、フランス語を用いて自分自身や周囲の事柄を能動的に表現すること、加えて具体的に何ができるようになったかが明示されるポートフォリオの活用も、学生自身の手応えに直結するものとなっている。現代の生活スタイルに合わせた実践的な言語能力とフランス文化に関する多様な情報の習得は、フランス語を選択した学生の動機とぴったり重なる。そこに生まれる成果は、外国語教育のあり方そのものに何らかの指針を与え得るものになると期待できる。


4. 国際関係学部ドイツ語授業における
CEFR型カリキュラムの実践
                                    眞道 杉(国際関係学部助教)     
    

 2011年度の国際関係学部改組に伴い、語学教育においても新しいカリキュラムが導入された。それを受け、新しい学部において必要とされるドイツ語教育について検討した結果、就職や留学を視野に入れ、今まで以上にドイツ語の実践力をつける必要があること、また、就職、留学先において要求されるレベルと本学でのカリキュラムの互換性を高めるため、従来の文法・講読・コミュニケーションという3本立てのカリキュラムからCEFR基準の統一カリキュラムへと大きく舵を切ることになった。1年次前期にCEFRレベルA11年次後期にA2, 2年次にB1CEFR型教材を導入し、本学部の授業がそのままドイツ留学の際のクラス分けや、日本でも導入されているCEFR型検定試験にも対応できるようにした。

 従来の日本における初級文法を1年次に履修するという枠が取り払われた結果、文法や文献講読の能力の低下など、例えば日本で作成されているドイツ語技能検定試験の成果が落ちるといった懸念材料の克服の取組についても報告する。現在までのところ、新カリキュラムにおけるドイツ語技能検定試験の結果は、その懸念を払拭するものとなった。

 発表では、CEFR教材を用いた新カリキュラムの実践と、現在までの検定試験の結果分析について報告する。


5. 日本の大学英語教育の展望
                                   熊木 秀行
国際関係学部助教)  

 平成15年に文部科学省(以下、MEXT)が『「英語が使える日本人」の育成のための行動計画』を発表した。その中には、大学に関する項目として以下の三つの側面が含まれている。1. 大学卒業時での能力設定、2. 入試、3. 大学英語教育の実践的研究。本発表では、以上の3項目に話を絞り、現状の問題解決と共に、大学英語教育のこれからにつき、一考察を加えたい。

 

★9月イギリス文学シンポジウム(2012年9月29日)

[司会] 松山 博樹(文理学部講師)

[テーマ] 「Shakespeareと現代」

[発題者・梗概]

1. ポストモダンにおける文学批評の位置とShakespeare
                                       板倉 亨(文理学部講師)

 本発表の目的は、全体的な視座から「シェイクスピアとは誰か」また「批評とは何か」という問題について再考する、あるいは再考するための土台を作ることにあります。
 まず、大雑把にではありますが、批評対象としてのシェイクスピア作品の特徴について、ジャンル、劇作品、評価の変遷などの観点から、概観します。
 次に、少し大きな視点で、受容理論の立場から、これまでの文学批評史を三段階に区切り、それぞれの時代における批評の役割とその変遷について考察します。
 そして最後に、これら二つの議論を踏まえ、具体例としてシェイクスピアの『十二夜』を取り上げてそれを批評しながら、ポストモダンと呼ばれる現代における、シェイクスピア作品を批評する意味について、また、批評という行為自体の意味とその可能性について、テクストの言葉そのものに注意を払いながら考察したい。

 

2. RichardⅢに見る時代精神―中世・ルネサンス・近代・現代―
                                      松山 博樹(文理学部講師)

 Shakespeare作品を現代批評から考察する第一発表者の論を受け、本発表では以下について論じる。①Shakespeareの作品RichardⅢにおける王位を巡る問題が個人と社会の問題と表裏一体の関係にあるということ、②それゆえにこの作品自体、あるいはそれを巡る様々な批評・評価を分析することで、それぞれの時代の社会を逆に照らし出すことができるのではないかということ、③そこに見られる批評・評価の大きな揺れには、それぞれの時代の多様な精神が反映されており、この作品には各時代の受容に対応しうる多様性が備わっているのはもちろんのこと、現代にまで通じる普遍的な人間心理の問題も横たわっててるということ。
 最後に現代における各国の劇作家、批評理論家からのRichardⅢへの応答例について考察し、より現在的視点から論じる第三発表者へと後を継ぎたい。

 

3. 『マクベス』と戦争―黒澤明『蜘蛛巣城』とポランスキー『マクベス』
                                       亦部 美希(文理学部講師)

 20世紀を代表する映画監督黒澤明とポランスキーが、マクベス劇と戦争をどのように捉え直そうとしているかを、比較考察する。
 黒澤が『蜘蛛巣城』で戦時中の神風説を、マクベス劇の妖婆の予言「森が動かない限りマクベスは負けない」のメタファーとして使っていることを論じる。さらに、劇と違い、予言に惑わされた鷲津マクベスが自軍の兵士達に殺される場面で、劇のマクダフ子息の、少数派は多数派に適わないという台詞の趣旨を表現して、妄執を民衆の団結が挫く理想を、黒澤が訴えていることを論じる。
 ポランスキーは、自分が見たナチス軍人が戦争の恐怖からする攻撃的な態度を、映画『マクベス』のマクダフ城の攻め手の様子の中に描いている。このように、劇のマクベスが、自分は敗戦しないという魔女の予言を信じながら、恐怖の為、マクダフ殺しを決意する筋の趣旨を強調していることを論じる。さらに、迫害者が多数派になって、何もかも失う裸の人が増えていく戦争の因果関係を、映画が表現していることを分析する。

 

★6月例会・特別講演会(2012年6月23日)

<6月例会> 

[司会] 黒滝 真理子(法学部准教授)

[研究発表]

 博士後期課程3年  小澤 賢司
 
Modal BE- ING 構文に関する一考察

[梗概]

 Modal BE- ING 構文に関する一考察

小澤 賢司(博士後期課程3年)

 本発表の目的は、Modal BE -ING構文における意味的特徴を考察することである。この構文でもっぱら注目されるのは、未来進行形といわれるWill BE -ING構文であるが、もう少し範囲をひろげて、MayMightShouldMustBE -INGの関係性も考察していく。もちろんModalの中にはWillも含まれるが、Willと上記の法助動詞を区別するため、本発表におけるModalMayMightShouldMustを指すものとする。したがって、Will BE -INGModal BE –ING2つの構文を別に扱う。


<特別講演会> 

[司会] 吉良 文孝(文理学部教授)

[演題]  英語語法研究から語法学研究へ

[講演者] 柏野 健次(大阪樟蔭女子大学名誉教授)
 

 

★5月例会(2012年5月19日)

[司会] 文理学部准教授 閑田 朋子

[研究発表]

1.博士後期課程3年   大前 義幸
  
ディケンズ的ペイソス再考―『骨董屋』のネルの死をめぐって

2.文理学部講師  齊藤 雄介
  近代英語における非人称用法 methinks

[梗概]

1. ディケンズ的ペイソス再考―『骨董屋』のネルの死をめぐって

 大前 義幸(博士後期課程3

本論の目的は、19世紀を代表するイギリスの小説家であるチャールズ・ディケンズ(Charles Dickens18121870)の小説研究であり、特に彼の作品であるThe Old Curiosity Shop(1840-1)の主人公ネルの死をめぐって、作者ディケンズのペイソスを中心に考察することである。この作品は、彼の初期作品にあたり、Oliver Twist(1837-39)完成からわずか1年足らずで執筆された作品である。しかも読者にとって、ネルの死は全国民に涙を絞るばかりの喪に服させた作品でもあった。しかし、この作品が終幕へと進み始めると、読者たちは「もしかして、ネルは死ぬのでは」と気づき、作者ディケンズに「ネルを殺さないでくれ」と嘆願書まで送ったのである。しかし、そのかいなく読者の期待を裏切り、ネルは長い眠りへと就いてしまった。そして全国民は涙を流すのだが、ここで注目しなければいけないことは、「本当にネルの死で涙を誘ったのか」ということである。伝記作家アンガス・ウィルソン以降の評価は、ネルの死の場面に対しあまり良い評価を下していないのである。それならば、再度ディケンズ的ペイソスを考察する必要があるのではないだろうか。


2.
近代英語における非人称用法 methinks

 齊藤 雄介(文理学部講師)

 本発表では、近代英語期に存在した非人称用法、methinksを扱う。methinksit seems to meの意味で使用されており、(1)のような例がある。

(1)  and  elles  me     þink   þat   he  schuld  alweis  erre.
   
and  also   to me  seems  that  he  should  always  err
   ‘and also it seems to me that he should always err’       (CMCLOUD,81.401)

 (1)にあるþinkのように、その節の中に主語を用いない用法を非人称用法という。このような用法は、Van Der Gaaf (1904)Jespersen (1927)をはじめとする多くの先行研究によれば、屈折語尾の消失と語順の固定により、中英語期の後期には衰退したといわれている。現に、(1)の例も中英語期の使用例である。しかしながら、近代英語期の文学作品においても、非人称用法は使用されている。

(2) Methinks I see my father                            (Shakespeare, Hamlet 1.2)

  (2)の例は、初期近代英語期を代表する劇作家、William ShakespeareHamletから引用した一説であるが、Methinksという非人称用法が使用されている。また、OEDには、以下のような近代英語期におけるmethinksの用例が見られる。(下線部発表者) 

1599 Shakes. Much Ado iii. ii. 16 Methinkes you are sadder.    1661 Marvell Corr. Wks. (Grosart) II. 76 'Tis methinks an unpleasant business.    1711 Steele Spect. No. 6 5 Respect to all kind of Superiours is founded methinks upon Instinct.    1762–71 H. Walpole Vertue's Anecd. Paint. (1786) IV. 281 Methinks a strait canal is as rational at least as a mæandring bridge.    1863 Hawthorne Our Old Home (1879) 119 Methinks a person of delicate individualitycould never endure to lie buried near Shakespeare. 1871 R. Ellis tr. Catullus xciii. 1 Lightly methinks I reck if Caesar smile not upon me.

 上記の記述から、methinksは近代英語期も末期となる1871年まで使用されていたことがわかる。そこで、本発表では、近代英語期までmethinksという非人称用法が残存していた要因について考察することを目的とする。Penn- Helsinki Parsed Corpus of Early Modern Englishを資料として、そのデータを観察、分析する。

月例会(201 2年4月21日)

[司会] 東京都市大学教授 遠藤 幸子

[研究発表]

1. 博士後期課程3年 宇野 邦子
   Jane Austen, Mansfield Park におけるシニア三姉妹                

2. 文理学部講師 佐藤 健児
    
進行形の「前段階性」に関する一考察

[梗概]

1. Jane Austen, Mansfield Park におけるシニア三姉妹

博士後期課程3年 宇野 邦子(博士後期課程3

Jane Austenの後期最初の作品Mansfield Parkの中の、ヒロインの2人の伯母と母親のシニア三姉妹を取り上げる。前回の発表では、Austen前期3作品の中からシニア女性を1人ずつ取り上げ、20代前半の若い作者が、それぞれの物語の中でシニア女性をどのように描いているかを考察した。今回の発表では、30代後半になった作者はMansfield Parkの中の三姉妹をそれぞれどのように描き、どのような役目を課しているか、そして彼女たちにどのような想いを託しているかを考察する。またヒロインの観察眼を通して、2人の伯母と母親はどの位置でヒロインと関わり、物語の展開にどう貢献しているか、3人の女性を比較しながら見ていく。さらに、シニア女性に対する作者の見方や描き方は、若い時の作品に比べてどのように変化しているか、という点にも目を留めてみたい。
 美人三姉妹の次女
(Lady Bertram)は玉の輿に乗って、僅かな持参金で、NorthamptonMansfield ParkSir Thomas Bertramと結婚し、准男爵夫人となった。6年後、長女(Mrs. Norris)は、義弟Sir Thomasの友人で殆ど自分の財産を持たない牧師Rev. Mr. Norrisと結婚したが、幸いにもSir Thomasが友人にMansfieldの牧師禄を与えることができ、Norris夫妻は安定した収入で幸福な結婚生活を始めた。三女(Mrs. Price)は、教育・財産・縁者のない海兵隊の一中尉と、家名を汚す無分別な結婚を強行した。そのため姉妹間には亀裂が生じ、その後11年間互いに音信不通だった。しかし12年目になって、Mrs. Priceは生活が困っている上に9人目のお産の準備をしていたので、姉達に手紙を書き、援助を求めた。 「私達の間でPrice家の長女の世話を引き受けてみてはどうかしら?」というMrs. Norrisの思いつきで、ヒロインFanny Price10才の時、PortsmouthからMansfield Parkに引き取られて来た。そこにはきつい伯母とものぐさな伯母がいた。
 Mrs. Norris
―― 姪を引き取ることは提案したものの、その娘の扶養にびた一文も金を出す気はなく、預かるのは自分ではなくMansfield Parkなのだった。事を運び、話をし、計画を立てたりすれば、それでもう自分は善意の人で、充分に慈善を施した寛大な心の持主なのだと信じて疑わない。内気なFannyは幼い頃からこの伯母にいじめられ、叱られ、恩をきせられ、嫌みを言われ、こき使われ、差別扱いをされて育つ。近くに住み、いつもMansfield Parkに出入りしている。Bertram家のために役立っていると信じて余計なお節介をし、万事をとりしきろうとして、問題を引き起こす。Fannyを厄介者扱いするくせに、自分はMansfield Parkの寄生虫であることに気づかない。Mrs. NorrisAustenの作品中最も嫌みな悪女と言われ、余りに弱い者いじめをするので、読者を不愉快にさせるほどである。

 

2. 進行形の「前段階性」に関する一考察

 佐藤 健児(文理学部講師)

従来、英語の進行形は「進行中の出来事」を表し、個々の動詞のアスペクト特性に応じて「一時性」や「未完了性」を表すとされてきた(cf. Quirk et al.(1985);Leech(20043))。
 本発表では、英語の進行形にはこれらの意味特徴に加え、「前段階」を保証する機能が備わっていることを指摘する。さらに、このような意味的(語用論的)機能が英語未来表現(be going to / be -ing / will be -ing)や進行命令文、過去進行形の特殊用法、さらには瞬間動詞の振る舞いを説明する上で重要な概念であることを主張する。

 

 







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