日本大学英文学会  

月例会報告

 *2011年度

月例会(201 2年1月21日)

[司会] 文理学部准教授 閑田 朋子

[研究発表]

1. 博士後期課程3年 谷村 航
   Tough構文の認知的考察                

2. 東北女子大学専任講師 杉本 久美子
    Where Angels Fear to Tread
論-二つの死と「和解」のミルク-

[梗概]

1. Tough構文の認知的考察

谷村 航(博士後期課程3年)

 本発表では、英語のTough構文について認知言語学の視点から考察していく。Tough構文とは通例、[ NP + be + AdjP + to do]という文法形式を示す文のことである。

(1)   John is easy to please.

Tough構文の特徴は、大まかに述べると、次の2点である。①Tough構文に生じる形容詞は、難易度を表すもの(easy, difficult etc.)や快・不快を表すもの(pleasant, terrible etc.)である。②Tough構文のto不定詞内に生じる動詞は、基本的には、他動詞であるが、その直後は空所でなければならない。そして、Tough構文の主語がto不定詞内の他動詞の目的語と解釈される。

 このようなTough構文の特異な特徴を捉えるために、Tough構文と関連するいくつかの類似構文からの派生によって、Tough構文を分析する試みが、特に生成文法でさかんに行われてきた。

(2)   a. To please John is easy. [文主語、基底構造]

   b. It is easy to please John. [形式主語構文、中間構造]

   c. John is easy to please. [Tough構文、派生形]

 しかし、構造や派生方法の研究では捉えきれない言語事実が指摘されてきた。その1つは、Tough構文ではimpossibleが生じることができるが、possibleは生じないというものである。

(3)  a. John is impossible to please.

   b. *John is possible to please.

例文(3)は両文ともに、[NP + be + AdjP + to do]の文法形式をしている。それにも関わらず、文法性に関して差が出るということは、原因は、構造や派生方法にあるのではなく、意味にあると考えられる。本発表では、認知言語学に視点から、Tough構文の「意味」に接近し、構文的特徴を明らかにし、それを踏まえることで、Tough構文における、possible vs. impossibleの対立を説明することを目標とする。

 

2. Where Angels Fear to Tread 論-二つの死と「和解」のミルク-

杉本 久美子(東北女子大学専任講師)

 本発表では、E. M. Forster(1879-1970)のWhere Angels Fear to Tread (1905)で描かれる2つの死に注目し、その死が導く「和解」の場面について考察する。
 Where Angels Fear to Tread
は、Forsterにとって最初の長編小説であり、伝記的要素の強い作品でもある。この作品はLilia Herritonの再婚にまつわる騒動と、騒動を通して成長する主人公Philipの話であり、Liliaはこれまで「上品さに欠ける浅はかな女」として捉えられ、彼女と彼女の赤ん坊の死は悲劇的要素と解されてきた。しかし、作品におけるLiliaの役割は多彩である。本研究では作品におけるLiliaの役割を再考すると共に、彼女と赤ん坊の2つの死と、この死によって導かれる「和解」の場面について考察したい。

 

11月例会(2011年11月19日)

[司会] 文理学部講師 岡田 善明

[研究発表]

1.博士後期課程2年 大前 義幸
  Great ExpectationsWuthering Heightsにおける語りの特質

2.文理学部講師 田中 竹史
  T
wo Types of NP-PP Frames :
  
The Case of Dative and Benefactive Verbs

[梗概]

1.Great ExpectationsWuthering Heightsにおける語りの特質

大前 義幸(博士後期課程2年)

 本発表では、1860年から翌年までチャールズ・ディケンズが編集長を勤める週刊誌『オール・ザ・イヤー・ラウンド』連載されていたGreat Expectationsと、1847にブロンテ姉妹の妹エミリー・ブロンテが執筆したWuthering Heightsを取り上げ両作品における語りの特質について考察を試みたいと思う。そもそも小説における語りとは、作者が物語を考える時に必然とするものであり、語りの存在が無くては登場人物を描くこともできないのである。また、我々読者が語りの証言を真実と捉え、語りを信頼しながら物語を読み進めていくが、もし、その言葉に信憑性が生じていたならば幾分か異なる解釈に変わるのではないだろうか。

 よって、本発表では、両作品に共通する一人称小説で過去を回想する「語り」に注目し、語りの信頼性と信憑性、語りの構造を分析し、登場人物の異なる一面を考察していきたい。

 

2.Two Types of NP-PP Frames :
  
The Case of Dative and Benefactive Verbs

田中 竹史(文理学部講師)

 与格動詞と受益動詞は、共にNP-PPという項具現形式を持つが、PPの主要部には与格動詞の場合にはtoが、受益動詞の場合にはforが現れる。本発表ではこの様な前置詞の相違が統語構造上どの様に反映されるのかに付いて議論する。

(1)    a.  John gave a book to Tom.
        b.  John bought a book for Tom.

 
 具体的な主張は次の通りである: to-PPは項でありVP指定部に生起するのに対して、for-PPは付加詞でありvP付加位置に生じる。 

(2)    a.  to-PP             [ʋP [NP Agent] …[VP [PP Goal] [V’ V [NP Theme]]]]

        b.  for-PP            [
ʋP [ʋP [NP Agent] …[VP V [NP Theme]]] [PP Benefactive]]

 この分析により、(i) 反復副詞againの繰り返し読みと回復読みにおける相違、(ii) do-so 照応やVP削除などにおける残余要素、(iii) PP省略の可能性、(iv) 目的語NPからPPへの束縛可能性、などの言語現象が自然に捉えられると議論する。また、提示された分析は、Jackendoff (1990) やNisbet (2005) など語彙意味論による当該動詞類の分析と矛盾しない事にも触れる。

 

10月英語学シンポジウム(2011年10月22日)

[司会] 文理学部教授 塚本 聡

[テーマ] What can we see through corpora ?-コーパスから観たHAVEの諸相-

[発題者]

1.have完了形の通時的変遷

秋葉 倫史(文理学部講師)

 現代英語(PE)のhave完了形は古英語(OE)の(1)のような構文から発達したと考えられている。

(1) … þa þa ge hiene gebundenne hæfdon
… then when you him bound had
‘… then when you had bound him / had him in the state of being bound’
(Or 6 37. 296.21, Traugott(1992: 190))

(1)は、hæfdon ‘have’が所有の意味の本動詞で対格目的語hieneをとり、過去分詞gebundenneがその目的語を修飾する構文である。その後、haveの本動詞の意味が希薄化し、語順の変化も伴い、助動詞として再分析され完了形となる。
 本発表では、通時的コーパスを用いて、完了形の発達についてOEから初期近代英語(EModE)までのデータの変遷を示し、完了形の用法が確立した時期を数値的に判断することを目的としている。具体的には、各時代において‘have’全体の使用頻度のうち完了形として用いられる割合を調査し、最終的には、完了形が確立しているPEとの数値を比較することで、完了形の成立時期を検討する。
 検証には、OE、中英語(ME)、EModEの各時代のコーパスを使用する。OEはThe York-Toronto-Helsinki Parsed Corpus of Old English Prose(YCOE)を、MEはPenn-Helsinki Parsed Corpus of Middle English Second edition(PPCME2)を、EModEはPenn-Helsinki Parsed Corpus of Early Modern English(PPCEME)を用いて、完了形の通時的変遷とその確立時期を明らかにする。
 

2.現代英語のhaveの諸相-コロケーションの観点から -

久井田 直之(文理学部講師)

従来、用法の多い語の研究でコーパスを用いる場合は、特定の用法に限定して分析したものが多い。これは、コーパスの検索方法等の問題があるためであると推測される。たとえば、用法を限定しない場合は、多くの不要なデータが含まれてしまい、正確な情報を得ることが難しくなることがある。しかし、時間をかけて、可能な限りのデータを精査することで、この問題の解決は可能であり、多くの用法を持つ現代英語のhaveにおいては、コロケーションに注目して分析することで、コーパスを有効に活用できると発表者は考える。

本発表では、現代英語のhaveのコロケーション、すなわち[ ______ have ][ have ______ ] を量的・質的アプローチで分析し、現代英語のhaveの用法を明らかにする。特に、have difficultyのような目的語の位置に現れる名詞に注目し、その特徴をCOCA( Corpus of Contemporary American English) を用いて考察する。

 

3.現代英語の「特徴」を表すhave所有構文

一條 祐哉(文理学部助教)

現代英語のNP1 + have + NP2の文(以下、have所有構文)の持つ様々な意味のうち、英語学の分野では、従来、(1a)のような例を、NP1が全体を表し、NP2がその一部分を表しているので、「全体-部分」を表すタイプとして分類されてきた。しかし、このタイプの様々な例を観察すると、その多くはNP2の直前に特異性を表す形容詞が用いられる。どうやら(1a)のタイプは単に物理的な全体と一部分の関係を表すというよりも、特異なNP2を有していることによるNP1の特徴、属性を表していると考えられる。そして実際、英和辞典などでは(1a)のタイプは、属性、性質などを表す(1b)のようなタイプと同じカテゴリーに分類されている。つまり(1a)のタイプは「全体-部分」の形を借りながら、意味的には「特徴」を表している。

(1)         a. She has blue eyes.
b. She has talent.

また、(1a)ではスル的言語の英語として他動詞haveが用いられているが、これをナル的言語の日本語に訳すと、(2a)のようになる。したがって、(2a)をもとに日本人の英語学習者がナル的言語感覚で英訳しようとすると、be動詞文を用いて(2b)のようにしてしまいがちである。

(2)         a. 彼女は目が青い。/彼女の目は青い。/彼女は青い目をしている。
b. Her eyes are blue.

本発表では、まずこの「特徴」を表すhave所有構文にどのような形容詞が用いられるのか、そして(2b)のようなbe動詞文の場合とどのような相違点があるのかをBNCBritish National Corpus)を用いて考察する。

 

★9月アメリカ文学シンポジウム(2011年9月 24日)

司会] 作新学院大学准教授 原田 明子

[テーマ] “Whiteness”の天使たち

[発題者]

1.whitenessの陰影―女性・奴隷・身体性

原田 明子(作新学院大学准教授)

  今回のシンポジウムは、奴隷制度下のアメリカを席巻していたwhitenessの文化が女性をめぐってどのように展開されてきたかを、HeneghanWhitewashing Americaを下敷きに、19世紀、20世紀のアメリカ小説を通じて考察しようとするものである。

 原田の報告では、表象としてのwhitenessがアンテベラムのアメリカ文学において、どのようなジェンダーの問題を喚起しているかを、StoweUncle Tom’s Cabin(1852)Melville”The Tartarus of Maids”(1855)に焦点を当てて考察する。

  当時の奴隷解放運動の中で、白人女性たちは社会的に抑圧された存在として、自らの立場を奴隷になぞらえたり、母親としての立場から、女性の奴隷に対して人種を越えた共感を抱いたりすることが多くあった。また社会的弱者であった女性と奴隷は、両者ともしばしばその身体性に注目して語られるという傾向があった。

  このような社会的背景にも目を向けながら、『アンクル・トム』においてはdomesticityの問題や登場人物Evaの描写、「乙女たちの地獄」においては女工たちの描写に注目して、whitenessとジェンダーの様相を見て行きたい。

 

2.Little Women における“whiteness”

長島 万里世(文理学部講師)

Louisa May Alcott1832-88)の半自叙伝作品である Little Women1868, 『若草物語』)は19世紀の古き良きニューイングランドの家庭の雛型として捉えられてきた。しかし、モデルとなったAlcott家は決して19世紀の一般的な家庭とは言えない。『若草物語』の中では Amy として登場している四女のAbigail May Alcott Nieriker Amos Bronson Alcott Louisa と同様に芸術家として活躍していたのだ。彼女は作品中の Amy と同じく芸術に長け、ワシントン D. C のリンカーン像をはじめ多くの彫刻を遺したことで有名なDaniel Chester French の師として多くのアメリカ人に親しまれているようだ。Alcott家ではwhiteness 礼賛から派生した「家庭の天使」という理想の女性像が女性たちに押し付けられていた時代に、四姉妹のうち二人が後世に名を遺す人物になっているのである。

本発表ではこの事実に着目し、Alcott家の半自叙伝である第1部を中心に、ジェンダーにおけるwhitenessの視点から、社会から逸脱した家庭がなぜ社会に王道として受け入れられたのかを考察していく。

 

3.The Bluest Eye における白さ

茂木 健幸(文理学部講師)

Toni Morrisonの処女作であるThe Bluest Eye1970)では、アフリカ系アメリカ人の少女クローディアの声によって、彼女たちの住む世界が生き生きと語られる。そして、その語りの中心に位置するのはクローディアの年上の友人ピコーラ・ブリードラブが狂気へと至る過程である。本発表では、Morrisonが白さをどのように描き、扱っているのかを、白さのイメジャリーを分析しつつ考察する。

アメリカ社会において、白さは美しさや愛らしさ、無垢や豊かさなど様々な価値と結びつている。しかし、幼いクローディアを混乱させる「攻撃的な同衾者」でしかない両親からのプレゼントの白人の人形、ピコーラが追い出されるその母親の働く大きな白い家や白人の少女など、Morrisonは作品において白さを暴力と共に登場させることを選んでいる。排除される黒い存在こそが、白さの価値を支える。自らを拒絶する白さへの憧れというアフリカ系アメリカ人全体のジレンマがピコーラの黒く小さな身体の上に集中し、彼女を破滅させる。白さに潜む暴力を作品は暴こうとする。

 

6月例会・特別講演会(2011年6月11日)

<6月例会> 

[司会]文理学部教授 野呂 有子

[研究発表]

 文理学部講師  上滝 圭介
 Paradise Lost
試論―gatesに関する一考察―

[梗概]

 Paradise Lost試論―gatesに関する一考察―

上滝 圭介(文理学部講師)

 John Milton (1608-74)のParadise Lost (1667)の舞台はheaven、hell、paradise(the garden of Eden, the earth)の主に3つである。物語はGenesisの天地創造神話に基づいており、宇宙の上方にheaven、下方にhell、中心にはparadiseが造られてから、God一派とSatan一派の相克や、AdamとEveの誕生から平穏な日常から、その後のSatanの謀りに起因する葛藤と堕落までが描かれる。詩行に度々gate(-s)の語が登場するのだが、例えば、paradiseからheavenには“steps of gold to heaven gate” (iii 541)が延びている。またhellには “Our prison strong, this huge convex of fire, / Outrageous to devour, immures us round / Nine fold, and gates of burning adamant / Barred over us prohibit all egress”   (ii 434-7)や “Within the gates of hell sat Sin and Death” (x 230)に代表される不気味なgatesが頭上にそびえる。そして最終場面では禁忌を犯したAdamとEveは燃えさかる“the eastern gate” (xii 638)を抜け、足取り重くparadiseを後にする。ところで、gateがあるということは、そこに道(way, road, passage)らしきものがあり、何かしらの境界(bound, abyss)があるといえるのではないだろうか。とすると、作家は明確な意図をもって、隣接する2つの空間の隔たりや相違が際立つように、gatesを要所に配置したと想定できないだろうか。本発表では、作中のgatesのイメージや、その単数形・複数形の使い分けなどを手掛かりに、heaven、hell、paradise の3つのgatesの用法について分析を試みる。
 

<特別講演会> 

[司会] 原  公章(文理学部教授)

[演題]  異界の語り手― 一人称小説の可能性―

[講演者] 廣野 由美子(京都大学大学院教授)

 メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』や、ジョージ・エリオットの「引き上げられたヴェール」、さらにはフィールディングやアンナ・シューエルの作品などにも触れながら、語り手が怪物、超能力者、死者、動物などの場合を例として、一人称小説の語りの技法についてお話しいただ きました。

 

★5月例会(2011年5月14日)

[司会]文理学部准教授 飯田 啓治朗

[研究発表]

1. 博士後期課程3年 齊藤 雄介
  中英語における非人称動詞の衰退に関する一考察

2. 文理学部講師 野村 宗央
  
Paradise Lost論 ―「悪」の性質に関する一考察―

[梗概]

1.   中英語における非人称動詞の衰退に関する一考察

                                   齊藤 雄介(博士後期課程年)

 本発表のタイトルは「中英語における非人称動詞の衰退に関する一考察」である。非人称動詞とは、主語が省略されているのではなく、その節の中に主語を必要としない動詞のことである。

 (1)  hēr sniwde
   here snowed
     ‘it snowed here’

 (2)  mē     ðyncð   betre
   to-me   seems  better
     ‘it seems better to me’

 上記のような動詞が非人称動詞である。しかし、このような動詞は、中英語期の終わりにはほとんど消失してしまっており、その要因は、多くの先行研究によれば、主に中英語の末期に起こった格変化の消失と語順の固定といわれている。

 前年度の発表では、先行研究とPenn- Helsinki Parsed Corpus of Middle English Second edition(以下PPCME2)のデータを比較することによって、それらの食い違いを指摘した。そこで、今年度は非人称動詞の衰退の原因を、格変化の消失と語順の固定以外のところに求める。本発表では衰退の一因としてraisingを取り上げる。  raisingというのは下記のような文法操作のことである。

 (3) It seems [t to be raining]

 上記の文のようにto不定詞節中の主語を主節の主語位置へと繰り上げることをraisingという。本発表ではこのraisingが非人称動詞の衰退を引き起こした一因であると考え、PPCME2のデータを考察、分析する。

≪参考文献≫

橋本 功 (2005)  「英語史入門」 慶応義塾大学出版会
Jespersen, O. (1909-49) A Modern English Grammar on Historical Principles, 7 Vols. (Repr. London, 1961.) Carl Winters Universitatsbuchhandlung, Heidelberg/Ejnar Munksgaard, Copenhagen.

 

2.   Paradise Lost論 ―「悪」の性質に関する一考察―

                                     野村 宗央(文理学部講師)

17世紀英国の詩人John Milton1608-74)のParadise Lost1667)は、Old TestamentGen.を主な題材とした叙事詩であり、英雄Adam、及びその妻Eveの、神に対する不従順による堕落から悔い改めまでを詠っている。そして、AdamEveの堕落の直接的な原因となったものは、神によって食べることを禁じられた “the tree of knowledge of good and evil” の果実である。AdamEveは、これを食べることによって堕落し、全くの「善」の状態から「悪」を知った状態へとなった。
 本発表の目的は、
Paradise Lostにおける「悪」、とりわけ “evil” の性質に焦点を当て、それが何を意味しているのか、そして物語においてどのように作用しているのかを検討することである。例えば、C.S. Lewis1898-1963)は、Aurelius Augustinus354-430)の説とParadise Lostにおける堕落の物語との類似性を指摘し、「悪という言葉」は「善の欠如」を示しており、「悪と呼ばれるもの」は「善が堕落したもの」である、というように本作における「悪」の本質的な意味を、“good and evil” の関係性から説明しているが、本発表では、このLewisの考えを敷衍し、特に “evil” と、“pain” “woe”“wound”“pang” といった、主に「痛み」や「苦痛」を表す言葉との関連性に注目し、それらが本作においてどのような役割を担うかを考察する。

 

★4月例会(2011年4月16日)

[司会] 桜美林大学教授 山岡 洋

[研究発表]

1. 博士後期課程2年 宇野 邦子
  Jane Austen の小説におけるシニア女性の役割
   -前期作品を中心に-


2. 博士後期課程2年 小澤 賢司
  
条件節における法助動詞の生起に関する一考察
   -認識的法性を表す助動詞の主観性
/客観性の分析と共に-
   

[梗概]

1.   Jane Austen の小説におけるシニア女性の役割
   -前期作品を中心に-

 宇野 邦子(博士後期課程年)

Jane Austenの前期の3作品、Northanger Abbey, Sense and Sensibility, Pride and Prejudice からそれぞれ1人ずつシニア女性を取り上げます。 20代前半の若い作家が、それぞれの物語の中で、シニア女性をどのように描き、どのような役目を課しているか、そして彼女たちにどのような想いを託したのか、3人の女性を比較しながら見ていきます。

 Northanger Abbey ―― Mrs. Allen

ヒロインCatherineのシャペロン役のMrs. Allenなのだが、美しく装うことだけに関心があり世話役としてはあまり頼りにならない。そのため、うぶで世間知らずのヒロインは、何かにけ自分で判断しなければならないという困難に直面する。

 Sense and Sensibility ―― Mrs. Jennings

裕福な未亡人で、誰彼かまわず他人の結婚を取りもつ以外にすることがない。知り合いのあらゆる若い男女に結婚話を持ちかける機会があれば、決して逃さないという世話好きな女性で、ヒロインのElinorとMarianne姉妹は何かにつけてかき回される。

 Pride and Prejudice ―― Mrs. Bennet

5人の娘を持つ母親で、娘たちを少しでも条件の良い男性と結婚させることを、生涯の仕事としている。しかし自分がその障害となっていることに気づいていない。礼儀知らずで愚行を重ねる母親に、ヒロインで次女のElizabethは、何度も恥ずかしい目に合う。

 

2.  条件節における法助動詞の生起に関する一考察
   -認識的法性を表す助動詞の主観性
/客観性の分析と共に-

 小澤 賢司(博士後期課程年)

 本発表の目的は、認識的法性(epistemic modality)を表す法助動詞(modals)における主観性・客観性とは何かということを再分析し、その上で、条件文If A, then B.の条件節If A内における法助動詞、その中でも特にwillの生起問題を統一的に説明することである。
 通常、条件節If A内に法助動詞willが生じている文は、容認不可能であるとされる。

(1) *If he’ll be better tomorrow, he’ll go to the show.
                                (Dancygier and Sweetser 2005: 83)

しかしながら、次の(2)のように法助動詞willが条件節内に現れる例は数多く散見される。

(2) a. If it will make you happier (as a result), I’ll stop smoking. (江川 19913: 212)
b. If Ann won’t be here on Thursday, we’d better cancel the meeting.
                                       (Swan 20053: 237)
c. If the price will come down in a few months, it’s better not to buy just yet.
                                                                      (Salkie 2010: 203)

この問題に関しては多数の議論がなされているが、本論では、認識的法性の主観性・客観性という観点からこの問題の解決を試みる。しかし、Lyons(1977)の言う主観性・客観性ではうまくとらえ切れない例がある。そこで、Lyons(1977)の主観性・客観性を修正し、それによって、条件節内における法助動詞willの生起問題を統一的に説明する。
 また、今まで条件節内におけるwill以外の法助動詞の生起問題には焦点があまり当てられることはなかったが、これらの問題もwillと同様に、Lyons(1977)に修正を加えた主観性・客観性で統一的な説明が可能であると考える。

 

 

 







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