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楊頡さん

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楊頡さん

中国・上海の大学を辞めて文理学部を受験。ここから研究者としての道が開かれました。

楊頡さん

来日を決意したのは、上海の大学に入って1年が過ぎたころ。先に日本に来ていた知り合いが、「来るなら準備を手伝う」といってくれたのです。当時の中国は、大学に入るのがとても難しかった。だからせっかく合格した大学を辞めて、知らない国に行くことに不安はありました。でも、このまま上海の大学を出ても将来は決まったコースを歩むことになるだろうし、若いうちに世界を見ておきたいという気持ちがありました。それで、思い切って退学し、日本に来たのです。

最初の2年間はアルバイトをしながら語学学校に通いました。文理学部を受験したのは、そこの先生に推薦されたからです。入学してみると、クラスに留学生は私一人。日本語もあまりできなかったので、苦労しました。先生によっては訛りがあって講義が聞き取れなかったことも(笑)。でも、同級生がみんな親切で、ノートをコピーしてくれたり、いろいろ教えてくれたりしたので助かりました。

3年生になると、言葉も上達し同世代の若者が興味を持つ話題も分かり、本当に楽しくなりました。特に卒業論文の指導教官だった石井正司先生にはお世話になりましたね。日本と中国との教育政策の違いなどの研究テーマを勧めてくださり、修士に進んでからも先生のもとで研究を進めました。ここで勉強したことから、学術の世界が広がった。そして物事を多角的に見て、批判してみるという思考力が身に付いたと思います。

楊頡さん

修士課程修了後は上海の大学で博士課程に進み、現在は上海交通大学で教育学を研究しつつ、大学院生に教育心理学などを教えています。チャンスがあれば、日本の大学、できれば卒業した日本大学と合同研究をしたいというのが、目下の夢です。

もっと聞きたいことを、楊頡さんに直撃QUESTION!

Q. 中国の大学と日本の大学、違う点は?
A. 当時の中国では、「先生が学生に正解を教える」という教育姿勢が一般的。だから大学も講義が中心で、学生が自分の考えや研究成果を発表する機会はほとんどありませんでした。ところが日本ではゼミのような授業がある。私も2年生のときにゼミで発表することになり、それはそれは緊張しましたよ。初めての体験だったので、何をどう話したのか記憶がないほど(笑)。そういう授業を通し「正解はいくつもある」と教わりました。とても大きな収穫だったと思います。
Q. 学生生活の楽しかった思い出は?
A. 同級生と軽井沢の研修所に行ったのも楽しかったし、多摩川でバーベキューをしたことも楽しかった。上海では、よく火を起こして焼き芋をするんですよ。だからバーベキューのときも、火付け役として活躍しました(笑)。
Q. 文理学部に入る前と卒業した後で、大きく変わった点は?
A. 自分に自信がつきました。語学学校に通っていたころ、生活も厳しかったし言葉も不十分だったので、「アルバイトでお金を稼いで中国に帰ったほうが得だ」という誘惑もあったんです。でも、何とか学位だけでもとろうと思った。入学してからは、周囲が自分を見る目も変わりましたし、自分も成長した。今、学生を前に教員として堂々と講義できるのも、自信がついたおかげだと思いますよ。
Q. 現在、学生に講義をするうえで、留学経験が役立つことは?
A. 中国は今、インターナショナリズムの気運が盛り上がっています。講義でも外国の事情を紹介することが多い。そんなときに自分の留学生生活を引き合いに出して教えられるので、学生の興味を引いています。

楊頡さんの学生時代の姿をチェック!

楊頡さん

本館3階
「以前は教育学科の院生の研究室が並んでいました。パソコンがあって、ここで修士論文を書き上げました。研究室の仲間はみんなとても仲がよくて、一緒に上海に行ったこともあります。旧正月だったので、バクチクの音に大騒ぎでした(笑)」
サークル棟
「3年生から修士課程修了まで、中国人留学生会の会長をやっていたんですが、その部屋があったのが、このサークル棟。昼休みは食べ物を買って、ここで食べていましたね」
中庭
「桜麗祭のときは、中庭に出店がたち並びます。中国人留学生会では水餃子を売るんですが、これが好評! 桜麗祭以外でも、季節のいいときには、よくここで過ごしました」

楊頡さん

上海交通大学高等教育研究所副所長 名古屋大学客員教授 楊頡さん

中国・上海出身
上海科学技術大学(現・上海大学)工学部に1年半通学したのち来日。
語学学校に2年間通い、1994年に文理学部教育学科入学。
98年修士課程に進学、2000年修士課程修了。
現在、上海交通大学高等教育研究所副所長を務め、06年10月より客員教授として名古屋大学に赴任。