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森谷賢一さん

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森谷賢一さん

「努力すれば、必ず結果は出る」。私が学んだことを、子供たちにも教えてあげたい。

森谷賢一さん

中学の頃から「将来は体育の先生になりたい」と志していました。当時、私は地元の埼玉県の中学に通って野球部に入っていたのですが、そのときの顧問の先生に憧れて……一度、私たちの練習態度が悪く、先生にとても怒られて『もうおまえたちの面倒は見ない』と練習に出てこなくなったことがあったのです。もうみんなショックを受けて、先生に何とか認めてもらおうと一生懸命練習をがんばった。じきに先生は練習に戻ってきてくれたのですが、必死で練習したことで、その年は関東大会に出場することができました。あとで先生が話してくれたのは『おまえたちはみんな真面目だから、一回突き放せばがんばるはずだと思った。だからちょっと荒療治をしたんだ』と。その言葉を聞いて、そこまで考えてくれていたんだと。本当に感動しましたね。私も先生のような人になりたい。それで、体育の教員免許が取れる日大の文理学部を志望したのです。その先生が日大出身だったことも大きな理由でした。

文理学部でも尊敬できる先生に出会いました。体育学基礎演習の山岸先生。よくおっしゃっていたのは『なぜ?と思う気持ちを大切にしなさい』ということ。たとえば、イギリス生まれのサッカーには「オフサイド」というルールがあるのに、アメリカ生まれのバスケットにはない。言われてみれば、確かにそう。それはなぜ?と不思議に思うことが大切なのだと。調べていくと、それはイギリスとアメリカの文化の違いにまで話が及ぶ。先生のおかげで視野が大きく広がったように思います。また、卒論では、地元をテーマに「総合型地域スポーツクラブ」のあり方について研究したのですが、その時も、山岸先生に地元の教育委員会の方を紹介していただいたり、いろいろとサポートしていただきました。先生とはいまでもおつきあいさせてもらっています。

森谷賢一さん

卒業後は、体育の教員補助員として埼玉県内の中学に勤務。いまはまだ正式な先生ではありません。ここのところ教員採用試験は狭き門で、なかなか合格するのが難しいのですが、幸いにもこの前の夏の試験に合格し、2005年の春から体育教諭として正式採用されることになりました。いまも教員補助員として子供たちに体育の指導をしていますが、正直、子供たちの態度で悩むこともあります。どうも理解しあえていないなあ…と。でも「先生になってよかった」と感じるのも、やはり子供たちの態度。野球部の顧問をしているのですが、試合に負けたとき、みんなが涙を流しているとの見て、そのときは心にぐっときました。私が昔教えてもらったように、今度は私が子供たちに「努力すれば結果は必ず出る」ということを教えてあげたい。あらためて意欲に燃えています。

もっと聞きたいことを、森谷さんに直撃QUESTION!

Q. 卒論の「総合型地域スポーツクラブの研究」では具体的にどんなことを?
A. いまは中学校でも部活が少なくなってきて、スポーツをやる子供たちの選択肢が少なくなってきているんですよ。ですから、誰でもスポーツが気軽に楽しめるような、地域に密着したスポーツクラブ、ヨーロッパなどではよくあるスタイルなのですが、それが日本でも実現できないかと。そのためには、どんなクラブであればいいのかを研究しました。地域の中学生にアンケートを取ったり、学校の先生に取材したり、学科の山岸先生に紹介していただいて地域の教育委員会の方に話をうかがったり……この活動を通してさまざまな人と知り合いになり、人脈が大いに広がりました。
Q. 大学時代のサークルは?
A. 自分たちで軟式野球の新しいサークルを立ち上げました。学部内にひとつ、とても強いサークルがあって、そこに勝つことを目標に友人たちとチームを作ったのです。一番目のサークルに属するのではなく、それを追いかける二番手として、自分たちの手でトップになるほうが面白い。私自身、そういう性格なんです。結構がんばったのですが、惜しいところでトップのサークルに勝つことはできませんでした。それがちょっと心残りです。
Q. そのほか大学時代に打ち込んだことは?
A. よく海外旅行に出かけました。アジアを中心に9カ国ほど訪れましたね。航空券だけ取って、宿は現地で探す気ままな旅。よく「教員になると学校という狭い世界の中で視野が狭くなる」などと聞いていましたので、学生のうちはいろんな経験をして検分を広めておこう、そんな思いもありました。海外でのいろんな人とのふれ合いも、私を成長させてくれたように思います。
Q. 体育の先生としての将来の夢は?
A. 私が率いる野球部で全国大会に出場したいですね。そのためには、ただ技術を鍛えるだけではだめ。生活面もしっかりしていないと強いチームはできないと思っています。子供たちを人間として大きくしてあげられるような、そんな教師になりたい。そして私の姿を見て、一人でも多くの子に、中学時代の私がそうであったように『自分も将来先生になろう』と思ってもらえたら、とてもうれしいですね。

森谷さんの学生時代のスナップ

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左上は、私たちが作った軟式野球のサークル「ルーキーズ」での写真。甲子園経験者も何名かいて、結構強かったんですよ。その隣と下の2枚の写真は、海外旅行したときの写真。特に、右列2番目のエジプトへの旅行は印象に残っていますね。街で道がわからず困っていたら、現地の方が本当に親切に教えてくれて……海外では親切そうに寄ってきてお金をせびられたりすることも多かったので、ちょっと人間不信に陥っていたのですが、エジプトでの経験で私は救われました。一番下は卒業式の時の様子。いっしょに写っているのが、とてもお世話になった山岸先生です。

森谷賢一さん

体育教諭 森谷賢一さん

2004年、文理学部体育学科を卒業。
体育の教員免許を取得し、卒業後は埼玉県日高市内の中学に教員補助員として勤務。
2004年度の埼玉県の教員採用試験に合格し、2005年4月より県内の中学に正式配属となる。