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石川正仁さん

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石川正仁さん

野球漬けだった私が、一念発起して豪州へ留学。そこで味わった悔しさが、私のいまのエネルギー。

石川正仁さん

野球少年でした。高校時代も、甲子園目指して野球漬けの毎日。3年の時はサードでキャプテンを務めました。ウチの代は結構強いと評判だったのですが、最後の夏の大会はベスト16で敗退。ショックでしたが、でもすばらしい監督と仲間と一緒の時間が過ごせて、私自身はとても満足でした。

に監督との出会いは私にとって大きかったですね。選手の自主性を尊重してくれて、それでいて締めるときにはビシッと締める。監督の言葉に何度感動したことか……そして、私も次第に「高校野球の指導者」という仕事に憧れるように。文理学部の体育学科に進学したのも、指導者になるための勉強がしたかったからです。

入学後に、さっそく指導者としての経験を積めるチャンスが巡ってきました。母校から、学生コーチとして指導を手伝ってくれないかというお誘い。私は日大桜ヶ丘高校出身。高校が文理学部のキャンパスのすぐ近くなんです。授業が終われば母校に出かけ、監督と一緒に後輩のコーチに精を出しました。大会ではベンチにも入りました。

結局、私が指導した代は2回戦で負けてしまったのですが、いい経験になりましたね。人を教えることの難しさ、言葉で使えることの難しさを知った。それが3年生の夏。いったん学生コーチを降りて、どうしようかと思っていたら、友人から「ウチの野球のサークルに入らないか」と。

大学で野球をやるつもりはなかったのですが、そのチームは結構気合いが入っていて、優秀なメンバーがたくさんいるという。私も高校時代、予選で負けて悔しい思いをしたまま、プレイヤーから離れてしまった。もう一回、やってみようかと。そしてその秋の関東大会で、見事優勝することができた。とてもうれしかったですね。

石川正仁さん

それで一区切り。野球の指導者も経験できた。プレイヤーとしても優勝を味わえた。このへんで違う世界に挑戦してみるのもいいんじゃないかと、思い切って1年休学してオーストラリアにワーキングホリデーで出かけることにしたんです。すべて自分で手配して。

正直、オーストラリアでの生活は甘いもんじゃなかった。辛かった。でもその経験が、私に新しい将来を導いてくれました。世界を相手にする仕事がしたいと。それで国際貨物を扱う日通航空に就職。入学前の希望からは想像もつかなかった仕事ですが、でも本当にチャレンジしがいのある、私がやるべき仕事だと思っています。

もっと聞きたいことを、石川さんに直撃QUESTION!

Q. なぜ、いきなりオーストラリアに留学しようと思ったのですか?
A. 実は2年生の時に、長野オリンピックの取材センターのレストランでアルバイトしたんですよ。1ヶ月間、住み込みで。その時、いろんな国の報道関係者と接しました。英語なんか全然しゃべれませんでしたが、身振り手振りで何とかコミュニケーション。でもそれがとても刺激的だったんです。こういう環境に身を置くのも、何だか新しい自分になれそう。その時から、漠然と海外で生活してみたいと思っていたんです。
Q. オーストラリアはとても辛かったそうですが、たとえば?
A. オーストラリアを一周しながら、行く先々でアルバイトを捜して生活していました。ある農場では、いったんは雇ってもらえたものの、慣れない仕事でうまくいかない。するとオーナーが『オマエは使えないからもう帰れ』と。確かに使えない人を雇っておくほど社会は甘くない。そんな厳しさを異国の地で身にしみるほど感じましたね。
Q. そんな辛い思いをしながら、でもなぜ海外を相手に仕事がしたいと?
A. うーん、最初の海外経験でうまくいかなかったから、どうにかしてリベンジしたいという思いでしょうかね(笑)。それにやはりスケールの大きさに惹かれました。日通航空を選んだのは、商社よりも海外拠点が多いので、海外で働けるチャンスがたくさんあるんじゃないかと考えたからです。
Q. いまは具体的にはどんな仕事を担当しているのですか?
A. 国際貨物の営業を担当しています。商社や自動車メーカーから、海外にモノを送りたいというオーダーがあれば、それにこたえて輸出に必要なさまざまなことを手配し、きちんと送り届けることが使命です。航空便は緊急をようするケースが多いですから、責任は重大です。
Q. では、やはり将来の夢も海外で活躍すること?
A. そうですね。できればオーストラリアに赴任して、もう一回あの国で勝負してみたいですね(笑)。すぐにチャンスは訪れると思っています。

石川さんの学生時代の姿をチェック!

石川正仁さん

学科の体育祭の時、私は運営委員を務めていました。なるべく多くの人に参加してもらおうとがんばりました。

そして3年の秋に優勝した野球サークル「アインザッツ」のメンバーと一緒に撮った記念写真。

右側がオーストラリアにワーキングホリデーに出かけたときの写真。いま見ても、苦しかった当時の思い出がよみがえります(笑)。

石川正仁さん

日本通運株式会社 石川正仁さん

1996年、文理学部体育学科入学。
3年次に1年間休学してオーストラリアへ。
ワーキングホリデーでオーストラリアを一周しながら、さまざまな仕事を経験。
2001年卒業後、日本通運株式会社に就職。
現在、銀座支店で国際貨物を扱う輸出業務を担当。