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王一峰さん

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王一峰さん

中国・上海から文理学部へ留学。ここで学び、日本がもっと好きになりました。

王一峰さん

中国は、大学に行くのがとても難しいんです。進学できるのは何百人に一人。ですから高校や専門学校を出た後、いろんな人に出会える職場で経験を積み、チャンスをつかんで大きな仕事にステップアップしたいという人が多いんですね。私もそうでした。

文理学部に留学する前は、上海の日系ホテルで2年半ほど働いていました。もともと、日本には憧れを持っていたんです。日本の音楽やファッションは、中国から見れば最先端の文化。私も某アーチストの大ファンでした(笑)。職場では、お客様はほとんど日本人。上司も日本人。接していろいろと話を聞くうちに、日本の文化を生で感じてみたい。日本で学んでキャリアアップしたい。そんな思いが強くなって……

それで留学を決意しました。日大は中国でも知名度がありましたし、地理学科は留学生にとっては穴場で入りやすいのでは?と思って志望しました(笑)。

入学した時、地理学科90名中、外国人留学生は私ひとりでした。来日してから日本語学校には通っていましたが、慣れない環境で最初はとても不安でした。でも学科のみんなはとても親切でとても嬉しかった。友人もすぐにできました。そしていい先生方にもたくさん巡り会えました。

王一峰さん

特に地理学科の水島先生には、とても良くしていただいて……日本語がまだまだ拙いこともあってコミュニケーションにハンディキャップがあったのですが、先生は分け隔てなくみんなと同じようにフランクに接してくれた。先生とつきあうことで、いろんな話をしたことで、日本で生活する技術や、日本で生きていく自信を身につけたような気がします。

卒業後はそのまま日本で就職しました。いまは、帝国インキ製造という化学メーカーで営業の仕事を担当しています。この会社を選んだのは、中国に事業を展開しているから。会社が本格的に中国に進出するときには、ぜひ力になりたいですね。

もっと聞きたいことを、王さんに直撃QUESTION!

Q. 学生生活の一番の思い出は何ですか?
A. 水島先生の授業で「農業」という科目があったのですが、その授業の中で「田植え」や「稲刈り」を経験したことです。その季節になると先生の故郷の富山に合宿して、クラスのみんなと一緒に汗を流しました。もちろん初めての経験。農作業自体も新鮮で面白かったのですが、それ以上に先生やクラスのみんなと親睦を深められたのが良かったですね。
Q 逆に学生生活で一番大変だったことは?
A. やっぱり言葉ですね。日本語学校できちと勉強したつもりでしたが、みんなはくだけた、おしゃれな言葉を使うじゃないですか。最初の頃は、「タメ口」と「ていねい語」がごっちゃになった言葉をしゃべってました(笑)。でもまわりのみんなが気さくに話しかけてくれるので、すぐに慣れましたね。
Q 今振り返って、留学して良かったと思いますか?
A. もちろん。日本が好きでしたし、文理学部での生活も楽しかったですし、いまの奥さんにも出会いましたし(笑)。私、思ったことは、まず行動するタイプなんですよ。とにかくアクションを起こしてみると、何かが見えてきたり、出会ったりする。高校生のみなさんも、やりたいと思ったことはどんどん行動に移したほうがいいですよ。(笑)
Q 王さんの将来の夢は?
A. いまの会社でいろんな経験を積んで、将来は故郷の中国に戻り、自分の会社をつくってビジネスをやりたい。できれば日本と中国の橋渡しをするようなビジネスがいいですね。

王さんの学生時代の思い出の場所

王一峰さん

2号館の喫煙スペース
「授業の合間とかによくここで時間をつぶしていました。日当たりがよくて、気持ちのいい場所。新聞を読んだり、ノートパソコンを持ち込んだり、みんな思い思いのスタイルで過ごしていましたね。」
カフェテリア
「私、食事にはうるさくて、できたてじゃないとダメなんです。だからいつもお昼ご飯はこのカフェテリアで。よくラーメンを食べていました。日本のラーメンは世界一おいしいと思いますよ(笑)。」

2号館の喫煙スペース カフェテリア
王一峰さん

帝国インキ製造株式会社勤務 王一峰さん

中国・上海出身。
高校卒業後、ホテルの専門学校を経て日系のホテルに就職。宴会場係を担当。
1994年に文理学部地理学科へ留学。98年卒業。
現在、帝国インキ製造株式会社勤務。